エイミー・マンが初めて来日したのは、ティル・チューズデイに在籍していた1986年のこと。そして05年には、単身初来日を果たしている。およそ14年ぶりだ。これだけ長い間来日が無かったのにもかかわらず、4年後の今日、意外にもその瞬間は早く訪れることとなった。会場はSHIBUYA AX。4年前の恵比寿リキッドルームよりも大きなハコだ。それだけ期待も大きかったが、その期待はいい意味で裏切られるライブとなった。
フロアに入ってまず驚いた。ステージには、アコーステックギター、ベース、小規模なドラムセットにグランドピアノ、ウーリッツアー(アンプを通して音を出す電気ピアノ)やクラヴィネット(電子式キーボード)、アナログ・シンセサイザーがところ狭しと並べられており、この楽器群を見るだけで4年前の来日公演とは明らかに異なるバンド編成であることが伺えるのだ。エレクトリック・ギターの姿は見当たらない。楽器の総数から見ても、演奏に最低4〜5人は必要な編成であるはずなのに、モデルウォーキングのように颯爽とステージへ登場したエイミーの後に続いたのは、サポートメンバーの2人のみだった。
一曲目に入る前に、まずエイミーが一言。「来てくれてありがとう! いつもはこんなことしないけど、ツアー前に自分のCDを聴き直して好きな曲を書き出してみたの。だから今日は歌いたい曲をやります。B面集の曲やレコードに入っていない曲とかね」と、一呼吸置いて演奏されたオープニングは“ザ・モス”だった。次曲は、早くも公約通りに『ロスト・イン・スペース・スペシャル・エディション』にしか収録されていないB面曲“Nightmare Girl”。そして映画『マグノリア』のサントラから“モメンタム”、“ビルド・ザット・ウォール”と一つ一つの音を確認するように演奏しながらライブは進んでいく。
エイミーがアコギからベースに持ち替えた(ティル・チューズデイ時代の名残かやっぱりローポジションのベースがよく似合う)“アマチュア”あたりで、これら過去の楽曲がCDや過去のライブに比べてやけに音数が少なく、オーガニックなサウンドへ転化されていることにようやく気がつく。確かに無駄な音が徹底的に削ぎ落とされ、音の「厚み」という点では物足りなさがあるが、それと同時に一音一音に今までにない「暖かさ」と「深み」が宿っている。
おそらくこのようなサウンド、バンド編成となったのは、08年リリースのアルバム『@#%&*!Smilers』(文字化けではなく、F○○Kの伏字)が大きく作用しているのだろう。この作品と同様、今日のライブで演奏された楽曲は、1曲を除いてドラムレスとなっている。そして、アコーステックギターの主旋律を、歪ませたアナログ・シンセやクラヴィネットの音で包み込んで、そのまま膨らみのあるリズム・セクションに変換するという手法がとられており、それらが『@#%&*!Smilers』の楽曲だけでなく、どうやら過去の楽曲群にも影響を与えているようだった。ライブ終了後に演奏された楽曲を振り返ってみると『@#%&*!Smilers』からの楽曲は“Freeway”と“31 Today”のみで驚いた。曲名は全てわかっていても、ライブ全体のサウンドの雰囲気で言えば、もっと多いと思っていたからだ。
それほどまでに、このサウンドの変化は過去の楽曲の印象を大きく変えた。かつてのエイミーの楽曲には、聴き手との間に微妙な距離感があり、それでいて突き放すような冷たさがあり、絶望と再生の物語があった。またそれが皆を惹きつける大きな魅力の1つであったことは間違いないだろう。けれど、たとえ「自分は誰も愛することができない」と歌う“セイヴ・ミー”のような楽曲であったとしても、僕は今日のライブでかつてのネガティブなイメージを抱くことはなかった。それは05年作『フォーゴトン・アーム』で、最後の曲を“ビューティフル”としたように、彼女の紡ぎだす詩世界でも「痛み」から「喜び」へと変わっていったことがこうしたサウンド面での変化につながったのだと思えるからだ。もしくは、彼女の詩世界の変化にようやくサウンドが追いついてきたという言い方もできるだろう。
楽曲の展開的にも、演奏的にもドラスティックに高揚させる派手さがあるわけではない。現在のトレンドを捉えた音楽というわけでもない。それでも彼女の楽曲に、またステージに、これほど多くの人が惹き付けられるのはなぜだろう。ライブを観ながらそんなことをしきりに考えていたのだけれど、ふと以前にも同じような感覚を受けたことを思い出した。6月末に小谷美紗子trioのライブを観た時だ。あの、楽曲の良し悪しとか聴き手の好き嫌い以前の問題で、人前で楽器を演奏して歌うという圧倒的な技量。それと同じような感覚を受けた本当に素晴らしいライブだった。そういえば、彼女達もまた3人編成だったのだ。(古川純基)
エイミー・マン @ SHIBUYA AX
2009.08.25