デルフィック @ 渋谷duo Music Exchange

去年はサマソニ/11月の単独公演(原宿アストロホール)と来日を果たしていたが、やはり今年1月にアルバム『アコライト』がリリースされて以降では初となる今回の来日は、ソールド・アウトのフロアの温度も格段にアツい! というわけで、今やUKダンス・ロックの寵児となったマンチェスターの星=デルフィックの大阪/東京計2公演からなる今回のジャパン・ツアー最終日:渋谷duo公演。クライマックスの“ディス・モーメンタリー”“カウンターポイント”では当然、フロア狭しと拳が突き上がり大合唱が沸き起こりオーディエンスが渦を巻く狂騒ダンス空間が生まれていったのでる…………しかし。それは「バンドのアッパーでアグレッシブなモードがダンサブルなビートを生み、ダンス・フロアをプレシャスな空気に巻き込んでいく」という旧来型ダンス・ロック必勝方程式とは、真逆と言ってもいいくらいに異なっている。ということを、この日のアクトで改めて感じた。

まずメンバー。Vo&B=ジェイムスはまだしも、ステージ上手でキーボードにしがみつくリチャード、そして下手側で演奏時間の9割9分自分の手元しか見ていないギタリスト=マットの、これだけUK本国で脚光を浴びても一向に色褪せることない挙動不審なナードっぷり(2人の傍らにはドラム・パッドがセッティングされていて、「手の空いているほうが叩く」「もしくは2人とも叩く」という形で、サポート・ドラマー=ダンの骨太リズムとプログラミング・ビートに彩りを加えている)。90年代だったら間違いなく、2人揃ってマンチェを代表するシューゲイザーになっていただろうし、80年代だったら……そもそも人前に出ることすら許されなかったに違いない。そして、上記のクライマックスの場面を除いて、ジェイムス/リチャード/マットの3人はほとんどオーディエンスを煽ろうとしない。“クラリオン・コール”のナーバスなギター・フレーズに始まり、“ダウト”“レッド・ライツ”と曲が進む間、ひたすら自分の楽器に……いや「音」と「歌」に、渾身の力でしがみついているのだ。

ニューウェーブとアシッド・ハウスとエレクトロとポスト・パンクを足しっ放しにしたロック・フォーマット……というのは、実際問題デルフィックが初めてじゃないし、個々のパートの音色やプレイを因数分解してみれば極端に新しいことをやっているわけではない。それでも、彼ら3人のサウンドはダンス・ロックとして圧倒的に新しい。僕らの感情に直接作用し、波のように心を揺さぶり、高ぶらせ、そして怒濤のクライマックスへと導いていく。いや、自分たち自身も高波の絶頂へと昇り詰めていく。この日の彼らのアクトはまさに、そんなデルフィック流の音楽方法論の結晶のようなものだった。本編7曲・約45分をシーケンスやエフェクトを駆使しつつノンストップでつなぐ展開によって、duo満員のオーディエンスとともに“ディス・モーメンタリー”の《Lets do something real》、そして“カウンターポイント”の《nothing's wrong》という至ってシンプルな、しかし根源的なメッセージ(あるいは風景)へ向けて少しずつ、確実に、高揚の階段を1歩1歩進んでいく……とでもいうべきものだ。彼らが『アコライト』で鳴らしていたクリアで透徹した音像は、この日は格段にタフな肉体性をもって響いていたが、その肉体性を与えているのは(ダンのパワフルなプレイももちろんそうだが)紛れもなくジェイムス/リチャード/マットの、自らの表現に対する切実な情熱と確信である。そして、彼らの音楽がどれだけディストーションやノイジーな電子音を撒き散らし、ラフにパッドを叩き散らかしても、それらはすべてクリアな音楽世界の一部として統制されていて、そこには異物としての「ノイズ」は一切介在しない。だからこそ、このサウンドは聴く者を誰1人排除しない無上のダンス空間として作用する。ライブを観たというよりは、デルフィックという「時間」を体験した、というほうが正しいのかもしれない。能天気なダンス・ミュージックとか狂騒感なんかこれっぽっちも信じていない、とでも言いたげなシビアな姿勢が、どこまでも潔かったし、感動的だった。

本編終盤の「サンキュー! トーキョー、ダイスキ! ニホン、ダイスキ!」というジェイムスの言葉以外、ほとんどMCらしいMCもなく、ひたすらクリアでソリッドな音を紡ぎ続けたデルフィック。アンコールは“アコライト”。ジェイムス&リチャードのコーラスが極北のオーロラの如く広がるduoの空間を、都市の躍動感をそのままソリッドなビートと緻密な電子音に置き換えたようなアンサンブルが疾走し……終了。誰もが4月とは思えないほど汗だくになる熱気を巻き起こし、1時間強のステージを締め括った。「シー・ユー・スーン!」とジェイムスは言っていた。ほんとだよ! すぐ戻ってきてくれよ! という高揚感と渇望感が、メンバーが去った後の会場に心地好く漂っていた。(高橋智樹)