雨の日比谷野音で、フィッシュマンズを観る。そんな即座に“WEATHER REPORT”を連想してしまう情景に辿り着くだけで、開演前から頭がくらくらする。会場は立ち見エリアまでオーディエンスが幾重にも列をなす盛況ぶりだ。個人的には2年前の山中湖畔におけるSWEET LOVE SHOWER以来だが、2011年のフィッシュマンズは2月にバイオリン奏者HONZIの追悼イベントに出演、3月末にはFISHMANS+としてDOMMUNEのスタジオ・ライブにも出演、更には演奏時間が20分を越える配信シングル“A PIECE OF FUTURE”を完成させるなど、積極的なアクションを見せてきた。そうして迎えたのが、今回の日比谷野音公演『A Piece Of Future』である。
茂木欣一(Dr)、柏原譲(Ba)、HAKASE-SUN(Key)、木暮晋也(G)というフィッシュマンズのコア・メンバーを中心に、上手にはバイオリニスト・勝井祐二と後方に沢田穣治 with Stringsの面々が、ステージ下手には8名もの女性コーラス隊=カントゥスが並び、オープニング・ナンバーの“I DUB FISH”が繰り出された。ゆったりとした欣ちゃんのキックの上でコーラスのリフレインが次第に膨らみ、《Return to river, Return to sea》と再会の瞬間を刻み付けるように響き渡る。ハカセのメロディカは薄暗い雲に突き刺さるような鋭い音色で、高く伸びてゆくのであった。
続く“MAGIC LOVE”の昂ったダブ・グルーヴに乗って姿を見せ、その歌声を跳ねさせるのはハナレグミ=永積タカシだ。ギター、鍵盤、ストリングス、その音が今にも目に見えるような形を成してしまうのではないかという迫力で押し寄せてくる。甘く、気怠いのに、どこまでも暴力的。これがフィッシュマンズのライブで、フィッシュマンズの音だという実感が一気に掻き立てられる。「雨ふっちゃって、ごめんね。いろんなことが、あります。これからの音楽の未来にも、いろんなことが、あります。最後までよろしく」と相変わらず悪戯に笑う欣ちゃんだが、パフォーマンスの方はのっけから凄まじい。
1曲毎に豪華リード・ボーカリストが交代してオーディエンスの嬌声を誘う序盤、日々必死で追い回している「手掛かりのような答えのような核心のようなフレーズ」をまるでスローモーションのような動きの中でキャッチしてしまうフィッシュマンズの歌に、原田郁子の声は見事に嵌る。一方で、少し掠れた感じの穏やかな声なのにどこか仄かな狂気を滲ませる、麦わら帽子を被った七尾旅人の声もまた、“感謝(驚)”のようなバンドのアンサンブルがどんどんヒート・アップしてゆく楽曲の中で際立った活躍を見せるのだった。ただ単に個性派ボーカルを並べているのではなくて、いちいち驚かされてしまうぐらいの適材適所な起用とセット・リスト。演奏面のみならず、本当に練り込まれたステージであることがわかる。
原田のピアノ弾き語りという、より歌に焦点を合わせた自由度の高いオープニングの思い切ったアレンジが見事な“IN THE FLIGHT”、一転してヘヴィなバンド・グルーヴの中で、これがハナレグミの“WALKING IN THE RHYTHM”だと言わんばかりの力強いパフォーマンスが繰り広げられたりと、今回の公演は「フィッシュマンズの再現」というよりもそれぞれの個性を引き立てる「優れたセッション」感が強い。そして、とりわけ新鮮なインパクトを残してくれたのが、やくしまるえつこであった。例の直立不動スタイルを崩さず、情感の抑揚が徹底的に抑えられたあのひたすら「音」としての威力だけが研ぎ澄まされた声で、フィッシュマンズの曲を歌うという衝撃の大きさ。それはもう、日本の「ポップ」の基準値が一気に2、3段階は引き上げられてしまうのではないかと思えるものだった。
「どんどん時間が過ぎていって寂しいね、なんかね。こっからさらに、熱い感じでいってみようか?」と、ステッパーズ風の異常なビートを叩き出す欣ちゃん。このシンセ・ノイズが弾けまくる“土曜日の夜”からコズミック・ディスコ・ダブと化した“Smilin' Days, Summer Holiday”の熱くダンサブルな展開は、雨に濡れた体をきっちりと温めてくれた。そしてアシッドな“WEATHER REPORT”は原田のボーカルに小山田圭吾のギターまでもが加わる。今夏のロック・フェスでプライマル・スクリームの『スクリーマデリカ』再現ライブを楽しみにしているロック・ファンは多いだろうが、あるじゃないか。すでに日本の“ムーヴィン・オン・アップ”が、ここに。
そして、まるえつによる不思議なナレーションで幕を開けたこの曲は……4月に発表されたニュー・シングルであり今回の公演タイトルとして掲げられてもいる“A PIECE OF FUTURE”だ。現代版のミュージック・コンクレートとでも呼ぶべきか、音楽の迷宮の中にいくつもの小部屋が用意され、そこにはBOSE(スチャダラパー)のラップや、原田やハナレグミ(作品ではUAも)のボーカル・リフレインや、唐突な激しいロック・アンサンブルが待ち構えている。そしていつしか眩いほどのカタルシスに導かれてしまうという壮大なナンバー。それが目の前で今まさに再現される。かつてのデモの断片やライブ・テイクには、さすがにここまでの物語の奥行きはなかった。「もともと98年のツアーでやっていて、サトちゃんとは99年にこの曲からレコーディングしようって言ってたんですが、今回、2011年に集まってくれた仲間たちと、胸の中にある音のかけらを集めて仕上げてみました。すげー興奮したよー! ありがとう!」と、欣ちゃん。
「じゃあ、今のは一番新しい曲でしたが、次は、20年前のフィッシュマンズのデビュー曲です。“ひこうき”! 歌わせてもらいます」。なんか“A PIECE OF FUTURE”で長い旅の道程を経てきたような気分になってしまったので、欣ちゃんのほっこりした歌で妙に安心させられてしまう。と気を抜いていると、フィッシュマンズの初代ギタリスト=小嶋謙介が登場して熱いギター・ソロを弾きまくる。最後には開脚ジャンプを決めステージ中央でひっくり返り、欣ちゃんに「ははは! ロックスター・小嶋謙介!」と改めて紹介されていた。畳み掛ける次のイントロで大きな歓声が沸き上がり、視界一杯のオーディエンスが一斉に大きく体を揺らし始めたのは“いかれたBaby”だ。ハナレグミの歌に煽られてこの日最大のシンガロングが広がる。そして最後に空間系エフェクトをたっぷりと噛ませた七尾旅人の“ナイト クルージング”が披露され、本編はここで幕を閉じた。
「フィッシュマンズは今年結成20周年で、サトちゃんの13回忌の年なんだけど、今回のライブの元々の発起人はサトちゃんのお父さんです。でも残念ながらお父さんは、3月末に亡くなって、だから今日は、サトちゃんとお父さんに届けるつもりで、やります」。欣ちゃんはアンコールに応じてまず、そう語っていた。そんないきさつがあったとは、思いもよらなかった。そして永井聖一のギターを伴って、彼は“SEASON”を歌う。
フィッシュマンズは、成長している。佐藤伸治が他界してのち、それでもフィッシュマンズは例えばロック・フェスが盛んに開催されるようになった時代に歓迎され、その中で喪失感を伴いながらも、ある種大きな祝祭感とすら呼べるバイブレーションをファンたちと生み出してきた。それはやはり、かつてのフィッシュマンズのバイブレーションが冷凍保存されたものではない。佐藤が残した曲を完成させる、という“A PIECE OF FUTURE”もまさにそうして新たに意味が与えられ、「今」そして「未来」に向けて放たれたものだった。先日の忌野清志郎ロックンロール・ショーのときにも感じたが、優れた歌や音楽はそれ自体が生かされ、成長するものだ。今回の公演でフィッシュマンズが「何を失っても、まだ素晴らしい音楽はこちらの側にある」ということを具体的な手応えとして伝えてくれたことは、音楽ファンとしてとても幸福なことだと感じられた。
原田が語り聞かせるように“新しい人”の歌を届けると、アンコールの最後は出演者全員がステージ上に姿を現し、絵に描いたような大団円という様相でフレッシュな想いを込めながら“チャンス”を披露する。そして欣ちゃんは、出演者全員の名前を順に、圧巻のサウンド・エフェクトを手掛けた飴屋法水やエンジニアzAkらも含めてコールしてゆくのだった。顔の見えない七尾旅人の名前をあわや忘れそうになってしまったのは、彼が8人の女性コーラス隊=カントゥスの9人目として、いつの間にか列に紛れ込んでいたからだ。(小池宏和)
セット・リスト
1:I DUB FISH
2:MAGIC LOVE
3:エヴリデイ・エヴリナイト
4:頼りない天使
5:感謝(驚)
6:IN THE FLIGHT
7:WALKING IN THE RHYTHM
8:BABY BLUE
8:Just Thing
10:土曜日の夜~Smilin' Days, Summer Holiday DUB MEDLEY
11:WEATHER REPORT
12:A PIECE OF FUTURE
13:ひこうき
14:いかれたBaby
15:ナイト クルージング
EN1:SEASON
EN2:新しい人
EN3:チャンス
フィッシュマンズ @ 日比谷野外大音楽堂
2011.05.03