開演時間である18時30分ジャストに登場し、「KINOSHITA NIGHT !!」須藤寿のシャウトを合図に“ロックンロールと五人の囚人”が始まると、フロアは一気に興奮の坩堝と化す。2曲目“ブラッディー・マリー、気をつけろ!”も併せ、メンバー2人の脱退を経た新生ART-SCHOOLの再始動を祝うこのイベントの幕は、HiGEによるブチ上げロックンロール・チューンの連打で盛大に切って落とされた。
ライヴのハイライトとなったのは、須藤の「みんな俺と一緒に行く?アナザーワールドのことだよ。アーユーレディ?たとえこの世界がダーティーな世界だとしても!」というおなじみのMCから始まった、“ダーティーな世界(Put your head)”。短いイントロの後の歌い出しにバンドの音が重なる瞬間、トリプル・ギターによるまるでダイナソーJr.のようなえげつない音圧に、思わずのけ反ってしまった。トリプル・ギターとツイン・ドラムというバンド構成上の足し算が、そのままサウンドにおいても足し算とはなかなか成り得ないことくらい、バンドマンでなくとも容易に理解できる。優れたセンス、鋭利な知性、弛まぬ努力、その全てが高次元で結びついてのバンド・マジックなのだろう。しかも、この編成の利点はそこだけではない。ドラムスティックを置きマラカスを振る、ギターを背面に回し踊る、歌わないで喋るなど、ロック・バンドとして圧倒的な自由の中にいるのだ。昨年末にリリースされた最新作『それではみなさん良い旅を!』は、『Thank you, Beatles』、『Chaos in Apple』、『サンシャイン』という過去の傑作群と比べると若干アルバム全編を通した統一性に欠けるものの、そうした批評的な目線自体を笑い飛ばし、「みんな好き勝手にやりたい放題やってて、数曲大名曲が入ってるんだから、それってもう最高じゃん!」とでも言い切るような、身勝手な肯定と楽観に満ちたフィーリングが非常に痛快な作品だった。そして、ライヴを見ると、そもそも何故彼らがやりたい放題できたのか、というのがよく分かる。それは、やりたいことが何でもできるからだ。それだけの表現力、表現の振り幅を手にしたからである。あの「楽しそうな感じ」がそのままフロアの「楽しさ」に繋がっていることも含め、本当に幸福なロックンロールバンドだと思う。あと、ついでに褒めておくと、ハンドマイクで歌っているときに特に実感するけれど、須藤、歌上手すぎ。
セットチェンジ中、細美武士がアッパーなDJで温めたフロアに現れた2番バッターは、ASIAN KUNG-FU GENERATION。最初に歌われたのは、コーラスのBPMを落とし噛みしめるように歌うことでどこか暖かなヴァイヴが宿った“新世紀のラブソング”だ。そこから曲を重ねる毎に尻上がりにグルーヴに熱が絡んでいき、絶頂に達したのが、新曲として披露された“夜を越えて”だった。ファストな8ビートとザクザク刻むリフが交わるシンプルなギター・ロックであるはずなのに、どうしようもなく高揚させられる、絵に描いたような「ロックの魔法がかかった曲」である。それに続けて、熱も勢いもそのままに、“踵で愛を打ち鳴らせ”~“マーチングバンド”と最近の楽曲が畳み込まれる。これらの曲は「アジカンの原点回帰」的な語られ方をしているのをよく目にするし、実際自分もそう思う。ただ、少なくとも『ファンクラブ』以降常に自らに課題を化し、求道的に「未来に在るべき自分に必要なもの」を獲得してきたバンドだからこそ、一旦型の力を抜いて再び溢れる衝動にだけ従って音を出しても、それはやはり初期とはまるで別次元のものとして結実するのである。「ギター・ロックの王道を行く者」が「ギター・ロックの王様」に成りつつある。今のアジカンの、演奏は鉄壁でありながら漂うフィーリングが絶対的に瑞々しいライヴを見て滲み出すのは、そんな感慨だ。“ループ&ループ”~“リライト”でしっかりフロアを飲み込んで締める貫禄のステージ運びを見ていたら、来るべき次作はいよいよ彼らの最高傑作に留まらず、日本のロックの金字塔が打ち建てられるのではないか、そんな予感が膨らんでならなかった。
満を持して登場したART-SCHOOLの4人。先だって5月21日に行われたフリー・ライヴでは藤田勇がドラムに入っていたため、ベース中尾憲太郎、ドラム桜井雄一という編成では、今日が初の顔見せとなる。その記念すべき1曲目には、いきなり新曲が選ばれた。演奏が始まってまず耳を引いたのが、ベースの存在感。いや、そもそも鋭い上モノを乗せることに関してこの上ないというレベルで長けた人であることは百も承知だったが、アートのあのシューゲイズ・サウンド=大轟音の中においても、ギターの邪魔をすることなく、しかしまるでいつもと変わらないぶっといベースのままアンサンブルの中央を貫いていたので、思わず驚いてしまったのだ。バンドのサウンドの全体像としても、ギターと同等の存在感を持つベースが入ることで結果的に、従来のシューゲイザーやグランジといったイメージから、ぐっとハードコアの方向に寄った印象を受けた。バンドの「新生」を告げるには充分なインパクトのオープニングだったのではないだろうか。
最後に記載するセットリストを見てもらえれば分かるが、彼らはこの後8曲目まで新曲を披露し続けた。どれも、シューゲイザー、グランジ、ポスト・パンクと、ART-SCHOOLがその歩みの中で獲得してきた音楽性を継承する「アートらしい」曲たちだったが、印象的だったのはやはりベースの強靭さと、そして以前にもまして鋭く、暗く、重くなったギターの音色だった。米国のインディ・バンド、クラウド・ナッシングスが今年リリースした大傑作『アタック・オン・メモリー』に心を奪われ、ART-SCHOOLはこの春、同作をプロデュースしたスティーヴ・アルビニの所有する「エレクトリカルオーディオスタジオ」でレコーディングをしている(明後日もまたシカゴに飛び立つとのこと)というが、まさにあのアルビニのささくれ立った音が木下と戸高の2人にそのまま乗り移ったように感じられた。
9曲目でやっと既存曲”車輪の下”がプレイされると、待ってましたとばかりに沸くオーディエンス。自分がいた2階席まで揺れがくるほどの歓喜の爆発だった。そこからは毎曲、イントロが鳴る度に大歓声が上がっていた。新曲を聴けるのはもちろん嬉しいが、これまでに思い入れを注いできた曲たちはやはり特別なのだろう。ファンと深い繋がりを築いてきたバンドだからこそ、なおさらのこと。メンバーの脱退という苦難に何度襲われても木下理樹がバンドを続けてこられたのは、ART-SCHOOLを、彼を愛するこのファン達がいたからだし、そうして愛を裏切らない彼だからこそファン達も離れずにずっとついてきたのだ。正直、今日の木下は喉の調子がかなり辛そうだったが、そんな言わば手負いの状態だったからこそ彼を支えるファンとの信頼関係がより浮き彫りになっていたと思うし、彼も改めて思ったはず。どんな傷を負っても、こいつらがいればきっと上手くいく、と。(長瀬昇)
セットリスト
HiGE
1.ロックンロールと5人の囚人
2.ブラッディー・マリー、気を付けろ!
3.ロンリーボーイの話
4.ダーティーな世界(Put your head)
5.それではみなさん良い旅を!
6.ハリキリ坊やのブリティッシュ・ジョーク
7.テキーラ! テキーラ!
8.虹
ASIAN KUNG-FU GENERATION
1.新世紀のラブソング
2.センスレス
3.惑星
4.夜を越えて
5.踵で愛を打ち鳴らせ
6.マーチングバンド
7.N2
8.ループ&ループ
9.リライト
ART-SCHOOL
1.新曲
2.新曲
3.新曲
4.新曲
5.新曲
6.新曲
7.新曲
8.新曲
9.車輪の下
10.水の中のナイフ
11.サッドマシーン
12.プール
13.あと10秒で
14.UNDER MY SKIN
15.ロリータ キルズ ミー
16.新曲
アンコール
17.MISS WORLD
18.FADE TO BLACK
ART-SCHOOL presents 『KINOSHITA NIGHT 2012』@SHIBUYA-AX
2012.06.02