尻ポケットから櫛を取り出し、リーゼントのサイドのスタイルをキリリと整えた増子直純(Vo)。使用した櫛はフロアに投げ込まれ、観客は飢えたピラニアのように群がる。「よく来た! よーし、いくぞ!」という言葉を合図にスタートした1曲目は“YO・SHI・I・KU・ZO・!”。フロア全体に広がった熱いタテノリ。ステージの最前線に並べられたモニタースピーカーの上に乗っかり、時折腕を掲げながら歌う増子のシルエットが、何かのモニュメントのように猛烈に美しい。イントロの時点で早くもオイオイコールが起こり、ビートに合せて観客が拳を突き上げた“男は胸に…”。信長・秀吉・家康も仰天するはずの《鳴かぬなら 俺は自分で鳴く》というフレーズが凛々しく煌めいた“ホトトギス”。強力なナンバーが連発されて、場内の気温はみるみる内に上昇した。
「おいっす! よく来た! 見えるか? みんなが間違ってZepp Tokyoへ行くんじゃないかと心配したんだ。今日のZepp Tokyoは、俺らみたいな人が行けない感じ。迷惑がかかるから駄目!」、増子のMCが今日も冴えている。ちなみに……Zepp DiverCity TOKYOの近所、Zepp TokyoでライヴをやっているのはVAMPS。うっかりZepp Tokyoの方へ行ってしまって場違いな思いをした怒髪天ファンは、絶対にいたはずだ。そんな話題が皆を和ませた後、「今日はツアーファイナルだから、ゆっくり楽しもうぜ!」と演奏再開。「労働CALLING」のポルカ調のサウンドが、観客をますます興奮させた。皆が抱えているはずの日々の労働の悲哀が、怒髪天の演奏を浴びることによってポジティヴな負けん気になっていくのを感じる。上原子友康(G)が渋いギターソロをバッチリとキメている間、日の丸の扇をイケイケな調子で煽いだ増子。酸素を送り込まれた炎のように、観客はメラメラと一層熱く沸き立つ。清水泰次(B)のスラッピング・プレイがファンキーなノリを醸し出した“もっと…”。曲中で増子が2リットルのペットボトルを掴んで水をラッパ飲みし、霧のように噴き出すアクションも交えて盛り上げた“愚堕落”。片時も目が離せないスリリングなシーンの連続であった。
「今朝起きてびっくりしたよ。こんなにいい天気だとは。今回のツアーは雨ばっかりだったからね。今日でツアーファイナル。46歳にしてバンドは絶好調です。ところであの一郎、まあO沢一郎としておきますが……どうしようもないね。俺が俳優のキャスティング会社の人だったら、彼を悪代官役にしたい。あの『国民の生活が第一党』っていう政党名、小学校の班とかでも却下でしょ。あれ、文章じゃん。バンド名に『水中、それは苦しい』っていうのがあるけど、あれとかにインスパイアされたの? だからO沢一郎から電話がかかってきて、政党名の相談をされたら、こう言ってやろうと思うんです。『小悪党』はどうか?と」。タイムリーなネタを盛り込んだ増子のMCが、またしてもやたらと面白い。そして話題はいつしか坂詰克彦(Dr)に関するものへと転じていった。「O沢一郎は、『秘書がやりました』とか言っているけど、俺なんか同僚の失敗まで被りまくりだよ。彼(坂詰)には様々逸話が。痛風をなめるなよと。節制しているの?」と増子が質問し、「昔は1日5食だったけど、今は3食です!」と坂詰が誇らしげに答え、観客は大爆笑。そして、さらに別の話題へ。「今回のツアーで驚いたのはお客さんの幅の広がり。『アニキー!』と叫ぶお客さんの顔を観たら、『明らかに俺の方が年下でしょ!』っていう人で。好きでやっているわけじゃないんだろうけど、髪の毛は逆モヒカンだし……」。彼の言う通り、周囲を眺めてみると客層は、とんでもなく幅広い。若い子も勿論いるが、おじさんやおばさんもかなり多く、幼児を連れた夫婦が一緒になってニコニコと楽しんでいる姿も目につく。老若男女を問わず魅了する怒髪天のパワーを改めて強く実感した。
「ツアーで回って、全国でいろんなものを食べたけど、結局これが一番!という歌をやります」という言葉を添えて“ナンバーワン・カレー”へ。この曲を皮切りに、“ニッポン♥ファイターズ”“喰うために働いて 生きるために唄え!”“そのともしびをてがかりに”
“歩きつづけるかぎり”……胸に沁みる曲が続いた。圧巻だったのが“雪割り桜”。終盤でバンドがふと演奏を止めた時、場内一杯に響き渡った観客の大合唱にゾクゾクした。アウトロに入ると、観客の1人1人を指差し、深い想いを籠めた様子で何度も頷いた増子。怒髪天と観客の心が通じ合っていることを感じる美しい場面だった。
上原子がヴォーカルをとった“夢と知らずに”を経て、いよいよライヴは佳境へ。タイトルそのままに、モノノケが跋扈するかのような妖しさを堪能した“DO RORO DERODERO ON DO RORO”。硬派な男っぽいエネルギーを轟かせた“GREAT NUMBER”。そして、いきなり変化球が……。曲間の暗転中に増子がドラムにスタンバイし、上原子、清水と共に演奏しながら《おもしろおじさんやってきた~》と歌い始めると、三角帽、鼻眼鏡、赤ラメの大きい蝶ネクタイを着用した坂詰が自転車でフラフラとステージに乱入してきた。恒例化している坂詰による“押忍讃歌”振り付けコーナーのスタートだ。《はるな愛まで守備範囲》《びっくりするほど母ちゃん似》など、坂詰に関する豆知識を明かす増子の歌が大ウケする一方、ぎこちなく踊ったり観客とのコール&レスポンスがグダグダに陥ったり、どんどんドツボにハマっていく坂詰。2人のコントラストがやたらと可笑しい。しかし、坂詰がドラムのポジションに戻り、増子が歌い始めるとサウンドが一気に引き締まる。やっと元に戻った通常編成で演奏された“押忍讃歌”に合わせ、皆は夢中で飛び跳ねた。
「お台場最高! おっさん最高か? ここに来たお前ら最高! 大人最高! 手を挙げろ!」、増子が我々に呼びかけ、場内が一丸となって手を勢いよく振った“オトナノススメ”。両手をヒラヒラと振りながら観客が踊るフロアに向けて大量の紙吹雪が放たれ、サンバテイストも醸し出しつつ陽気に盛り上げた“セバナ・セ・バーナ”で、ライヴの本編は終了。歌い終えた後、暫くの間、ステージのセンターで正座した体勢だった増子。暫くしてから立ち上がり、マイクを掴むと「駄目だ……どうしたらいいのか分からん……ありがとう!」と、制御出来ないほど感極まった様子で挨拶。深々と一礼した彼に向かって「アニキー!」「最高!」「ありがとう!」という歓声が次々届けられた。
アンコールを求める歓声に応えて再登場した4人。「ツアーもいよいよ終了だ! もうボロボロだよ。しかし! 1個やってないことがある。祝杯を上げてねーよな?」、こんな前フリがあったら、スタートするのは勿論“酒燃料爆進曲”。フロアで観客が掲げた無数のカップが、曲に合わせて力強く揺れる。カップの中に入っているビールが、ライトを浴びて黄金色に輝く様がとても綺麗だ。「今、異常に楽しい! 声が嗄れてきた。ミュージシャンとして失格だ。でも、もともと声はガラガラだ! さっきの“セバナ・セ・バーナ”の紙吹雪で予算を全部使ってしまった。皆にお礼をしたいところだが出来ない。だから代わりにいいことを教えてやろう。本日、SCOOBIE DOとのコラボレーション盤“恋のレキシカン・ロック/おんな”が発売された。あと、9月にいわきと岩手での追加公演も決まった!」、告知を挟み、ラストに披露されたのは“サスパズレ”。《ララララ~》と共に歌う観客の声が素晴らしい。曲の合間には10月に行う『響都ノ宴』と『トーキョー・ブラッサム』の予定も発表。「お返し出来ないから、俺が通りかかった時に不良にからまれてくれないか? それくらいは引き受けてやるから」という増子の素敵な申し出も飛び出しつつ、ますます親密な一体感に包まれた場内。「しゃがめ! 一緒に決めようぜ! せーの!」、最後は全員で勢い良くジャンプして着地。心地よい振動と共に、演奏は締め括られた。
「またお会いしましょう!」と、上原子、清水、坂詰が笑顔で手を振りながらステージを後にしていく。増子は最後までステージに残り、最前列付近の人々と満遍なくハイタッチ。そして、「ありがとう。本当に最高だった。全部渡した! 生きてまた会おうぜ!」と呼びかけた。それに応えるかのように、“雪割り桜”を歌い始めた観客たち。増子も共に歌い、「ありがとう!」と何度も頭を下げながらステージ袖へと向かう。汗だくのその姿に向けて、皆は全力で拍手と歓声を送り続けた。(田中大)
セットリスト
1. YO・SHI・I・KU・ZO・!
2. 男は胸に…
3. ホトトギス
4. 労働CALLING
5. もっと…
6. 愚堕落
7. ナンバーワン・カレー
8. ニッポン♥ファイターズ
9. 喰うために働いて 生きるために唄え!
10. そのともしびをてがかりに
11. 歩きつづけるかぎり
12. 雪割り桜
13. 夢と知らずに
14. DO RORO DERODERO ON DO RORO
15. GREAT NUMBER
16. 押忍讃歌
17. オトナノススメ
18. セバナ・セ・バーナ
アンコール
1. 酒燃料爆進曲
2. サスパズレ