『AIR JAM 2012』@ 宮城・国営みちのく杜の湖畔公園 みちのく公園北地区 風の草原

『AIR JAM 2012』@ 宮城・国営みちのく杜の湖畔公園 みちのく公園北地区 風の草原 - pic by Rui Hashimoto(SOUND SHOOTER)pic by Rui Hashimoto(SOUND SHOOTER)
『AIR JAM 2012』@ 宮城・国営みちのく杜の湖畔公園 みちのく公園北地区 風の草原 - pic by Tsukasa Miyoshi(Showcase)pic by Tsukasa Miyoshi(Showcase)
※上の日付は15日になっていますが、これは15日・16日の2日間の模様をまとめてお伝えするレポートです。ご了承の上、お読みください。


主催者・Hi-STANDARDにとって、悲願であった東北での「AIR JAM」が遂に現実のものとなった。去る9月15、16日の2日間にわたって、宮城県川崎町の「国営みちのく杜の湖畔公園 みちのく公園北地区 風の草原」にて開催された2012年度版「AIR JAM」――それは、ハイスタをはじめとする数々の白熱アクトの興奮に加え、東日本大震災を受けて「日本のために集まった」ハイスタ3人の願いが遂に結実するんだという、とびきりのロマンと希望を内包したドラマを共有した、歓喜と感動にまみれた2日間だった。総勢20以上のパフォーマンスを書き綴ると大変なことになってしまうので、ハイスタのライブを軸にしたダイジェスト、あるいはひとりの「AIR JAM 2012」参加者の個人的所感としてお読みいただけると幸いです。

今回の会場は、「ARABAKI ROCK FEST.12」や「ap bank fes '12 Fund for Japan」の舞台にもなった宮城県川崎町にある国営公園。釜房湖のほとりにある、木々に囲まれた緑豊かな平原だ。仙台駅からは約40km、車で40~50分ほどの距離にあるので、多くの参加者は仙台駅からのシャトルバスを利用することになるのだけれど、これが朝から信じられないほどの大行列! バスに乗り込むまで1時間半以上、ひたすら持して待つことに……。しかしながら、案内の係員が少ないにも関わらず、誰ひとり暴徒化することもなく、素晴らしくフェアで秩序立ったラインナップにはAIR JAM参加者の意識の高さを目の当たりにする思いだった(特にお子さんをずっと抱っこし続けてたママさんパパさんたち、ご苦労さまでした!)。

会場に到着してまず驚いたのは、「うわ、暑っ!」ということ。ハイスタが「AIR JAM」と一緒に夏まで連れてきてしまったようで、地元の方も「ありえないッス」と首を振るほど両日とも厳しい酷暑となった。しかし、そんな真夏日こそ「AIR JAM」にはうってつけで、隣合わせのAIR STAGEとJAM STAGE、客席中央にスケートバンク(ミニスカ・ギャルも!)が設置されたメイン・フィールドの雰囲気はまさに「AIR JAM」そのもの(否がおうにも気持ちが高まる!)。このメイン・エリア後方にフード・エリアがあり、その先にはAIR JAM東北ライブハウス大作戦STAGEやキッズエリアなどが続き、どこもたくさんの参加者で大変な賑わいを見せている。

これまでの「AIR JAM」がそうであったように、開演時刻になるとハイスタ・難波氏のハイテンションな“開会宣言”でいよいよ東北「AIR JAM」がスタート! 一番手としてJAM STAGEに登ったdustboxから(「ここに立てなかったたくさんの仲間から『やってくれ!』って言われてるんで、やります!」とのJOJIの言葉どおり気迫溢れるステージを展開! まったく初っ端からなんちゅうライブかましてくれんだ。)、2日間の熱戦の火蓋が切って落とされた。とにかく印象的だったのは、どの出演者も、この「AIR JAM」というイベントの一部であることへの興奮と喜び、そしてHi-STANDARDへのリスペクト表明を惜しまなかったこと(ある者は、ほとんどなりふり構わないくらいに)。

「やっぱAIR JAMって独特な感じがあって、すごくいいですね!」(TGMX/FRONTIER BACKYARD)
「半端ねぇ! ホンモノのAIR JAMだよ! 今年も“セフレ枠”で出させていただいてます!」(ナヲ/マキシマム ザ ホルモン)
「うれしいですね! まさかHUSKING BEEでまたAIR JAMに出れるとは」(テッキン/HUSKING BEE)
「Hi-STANDARDをはじめPUNKSの諸先輩方の背中を見て、俺もなんかしなきゃいけないと思って、いろいろやりはじめました。感謝してもし切れないです」(後藤正文/ASIAN KUNG-FU GENERATION)
「こうしてAIR JAMが東北で開催され、この場でみなさんと出会えたことに感謝します」(KO/SLANG)
「Hi-STANDARD、AIR JAM、東北、大好きです!!!」(TAKUMA/10-FEET)、

MONGOL800はハイスタの「NEW LIFE」を琉球バージョンで披露し(難波さんも踊りながら登場!)、Dragon Ashは「俺たちの年齢にとってAIR JAMは憧れの場所……。一曲やらせてください」(Kj)と「ENDLESS TRIP」をカバー。そんなAIR JAMならではの名シーンがいくつも生み出され、30分という決して長いとはいえない持ち時間のなかに、持ちうる全ての感情とパッションを注ぎ込む勢いで、どのバンドもいつもにも増してガチで本気(マジ)なパフォーマンスを繰り広げたのだった。同様に、東北への熱いエールも数多く届けられた。

「今もたくさんの困難があると思うけど、一緒に未来に繋がっていければと思ってます」(TAKESHI/AA=)
「俺らもかけがえのない人が死んだから、おめぇらの気持ちがスッゲェよくわかる。それでも俺たちは生きてかなきゃいけないでしょ? まだ“生”がある俺たちは、好きなこと思いっきり楽しんでめっちゃ頑張って生きていきましょう!」(Kj/Dragon Ash)
「生き残ったあなたたちは“幸せになる”っていう義務があるんだよ。知識蓄え、勇気使って、一人ひとりやれることやって、また最初から作り直そうぜ!」(ILL-BOSSTINO/THA BLUE HERB)

もうひとつ印象的だったのは――昨年の横浜スタジアムもそうだったけれど――参加者に子連れのファミリーがとても多かったということ。そこには純粋なレジャーとしての目的以上に、自身の青春であり、メンタリティみたいなものを形作ってくれた音楽とカルチャーを子どもたちにも見せたい、受け継いでもらいたいという願いに似た何かがあるように思う。そんなフェス、「AIR JAM」以外他にあるだろうか? その意味でも、ここは本当に特別な場所なのだ。

待望のKEMURIの復活や(“New Generation”、“Along The Longest Way...”など、みちのくにPMAを炸裂させた会心のステージ!)、HUSKING BEEの再始動宣言(+イッソン父親宣言も!)など、数分おきにハイライトが生み出され続けた2日間だったけれど、やはり2日目終盤の高揚感は一種異様なものがあって、トリ前BRAHMANが始まる前からメイン・フィールドの人口密度はみるみる膨れ上がり、決戦前夜のような緊迫感と熱気を伴って一面がクラウドで埋め尽くされていく様は、それだけで身震いを禁じえないほどだった。加えて、浜スタでも記念的熱演を繰り広げたBRAHMANのアクトがまた壮絶で、「たった今日一日を生きるために、全力で、BRAHMANはじめます!」と幕を開けるや、“THE ONLY WAY”から文字通り全身全霊のステージを展開。“最弱”の前歯をインプラントにした話で笑わせつつ、「男が泣くなんてかっこ悪いと思ってたけど、あの日から何回も泣いたよ。海岸線で『お母さん!』って泣いてる子どもを見て泣いたわ……。俺は東北のこと、なんも知らなかった。まだなんも終わってねえ。どうすんだ、3人組!? たかが2、3回顔出して終わっちまうのかよ?」と、客席から東北への想いの丈を語り、ハイスタのケツを蹴り上げたTOSHI-LOWのMCには誰もが固唾を飲んで聞き入り、賛同の拍手を惜しまなかったのだった(大舞台で当たり前のように名場面を生んでしまうBRAHMANの胆力には改めて脱帽!)。

そして、ハイスタである。昨年9月18日の「AIR JAM 2011」以来1年ぶりのステージとなった初日は、「AIR JAM持ってきたぜ東北!」(横山)、「ハイスタが帰ってきたぜ、東北に!」(難波)と開口一番に呼びかけ、“TURNING BACK”、“STANDING STILL”と爆発的な熱狂を巻き起こして疾走! 「AIR JAMって都市型フェスとか言われてたけど、全然郊外でもできんじゃんね? やれんだっつーの!」(横山)と遂に東北開催を実現させた喜びもスパークさせ、“SUNNY DAY”、“CALIFORNIA DREAMIN’”、“CLOSE TO ME”“FIGHTING FIST ANGRY SOUL”など、僕らの“共有財”といえる楽曲群で終始フィールドを沸点へと導いたのだった。誤解を恐れずにいえば、初日のステージにはいささかの固さが感じられもしたのだけれど(あくまで個人的見解ですが)、翌2日目のアクトは、もう掛け値なしに、腹の底から素晴らしかった! オープニングの“GLOWING UP”から3人のアンサンブルは自在に空を駆けるようで(ツネの軽やかにして快活なドラミング! 難波のエネルギッシュで力強いボーカル! そして横山の聴く者を鼓舞してやまないギター&コーラス!)、難波と横山が続けざまにステージ上でズッコケたり、「ホント時間止まってくれって思うよな? 今日がずっとあればいいのにね」(難波)、「今日がずっとあっても、こんな人来てくれないと思うよ(爆)」(横山)といった絶妙にしてフランクな掛け合いがあったり、かと思えば「東北に光を! 頑張れー!!」(難波)という熱いシャウトがあったりと、3人をハイスタたらしめていた真摯なるアティテュードとユーモアとロマンが全開で、「これぞハイスタ!」と快哉を叫ばずにはいられない快演を見せてくれたのだから。アンコールの“MOSH UNDER THE RAINBOW”では特大のサークルピットが生まれ、フィールドは見わたす限りの無数の笑顔で埋め尽くされることに――。興奮と歓喜と多幸感に満ちたあの絶景は、大げさじゃなく我が人生のハイライトとして生涯忘れないだろう。

気になる「AIR JAM 2012」以降のハイスタについては、「TOSHI-LOWから『どうすんだ!?』って言われたけど、正直、先のことはわかんねぇわ。AIR JAM開催が目的じゃないし、元気になってもらいたいだけだから」と横山。たしかに「AIR JAM」は震災復興へのひとつの手段にすぎないけれど、横浜と東北でこれだけの勇気と希望を生み出し、日本中にエネルギーを漲らせた「AIR JAM」は、逆境でこそ真価を発揮する音楽の底力を見せてくれたし、ひとつの手段として間違いなく最大級/最大限の成果を挙げたといえるはず。そう、ハイスタと「AIR JAM」は、ここまで来たんだ……WHO'LL BE THE NEXT!?(奥村明裕)
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