須藤寿 GATALI ACOUSTIC SET @ 代官山UNIT

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 まさにこのライブの前日にアルバム『The Great Escape』をリリースしたばかりの、髭のギター・ヴォーカルにしてメイン・ソングライター:須藤寿のソロ・プロジェクト――というか須藤寿/長岡亮介(ペトロールズ。東京事変での「浮雲」名義でご存知の方も多いはず)/gomesの3人による新バンド――須藤寿 GATALI ACOUSTIC SET(以下GATALI)。シンプルに、音楽だけじゃなくGATALI=語りも含めてみんなで楽しくなる空間を作ること。そのために必要のない音符や要素は丁寧に排していくこと……それに特化することで、髭のダイナミックな開放感とは異なるゆるやかで享楽的な、それでいて須藤寿特有の白昼夢のようなサイケデリック感を満載した音楽が、『The Great Escape』には詰まっていたし、そのリリース・パーティーとなるこの日のライブ=『須藤寿 GATALI ACOUSTIC SET "The Great Escape" PARTY』もまさにそういうものだった。

 19時ほぼオンタイムで流れたSE:ビーチ・ボーイズ“California Girls”と、ステージ上にセットされたソファの数々が、すでに開演前からトリッピンなゆったり感を醸し出している中、オープニングのインスト・ナンバー“Theme From A Teenage Opera”からライブはスタート。ここではヴォーカルに専念している須藤、ギター:長岡、キーボード:gomesの3人に、ベースにex.BEAT CRUSADERS/現WUJA BIN BINケイタイモ、そしてドラムにSAKEROCKでお馴染みの伊藤大地というリズム隊を加えたバンド形式としてはこの日が初ライブということもあって、序盤こそやや固さが目立ったものの、ゲスト・ヴォーカルとしてコトリンゴが登場した“ウィークエンド”ではgomesのみならず長岡/ケイタイモもシンセを演奏するクラフトワーク状態になったり、屋根もドアも全部取っ払った60年代アメ車のような開放感に満ちた西海岸風ポップス“騒々しいバナナ”ではgomesがギターを弾いていたりーーといった自由自在なフォーマットと、鼓膜との摩擦係数の極限まで低いまろやかなバンド・サウンドが、徐々にステージとフロアとの見えない境界線をじわりじわりと溶かしていく。「ACOUSTIC」といっても、特にこの日のステージに関して言えば誰かがアコギを弾くわけでもなければアンプラグドなわけでもないが、その楽曲とメロディ、そして5人のアンサンブルの質感はまさにアコースティックそのものだった。

 “カーニバル”のピーチ・ボーイズばりの5人コーラスには心底痺れたし、手の中のグッド・メロディを優しくあたためていくような“太陽の季節”は「作詞:須藤寿、作曲:gomes」というソングライター・チームの可能性を十二分に感じさせる輝きに満ちていた……とはいえ。何しろオリジナルの持ち曲はアルバムの10曲のみ。ということで、普通に考えれば1時間程度で終わりかねないところだが、実際にライブが終了したのは21時15分。その間、何があったのか? ずっとしゃべっていたのである。ほぼ毎曲ごとに。しかも、何か漫談のようなネタを仕込んであったり大技があったりするわけでもなく、あの、考えるより先に口が動く須藤寿の語り口で、ケイタイモらと軽妙なトークを展開するのみならず、途中“ウィークエンド”で登場したゲスト・ヴォーカル:コトリンゴや、メンバー内でいちばん物静かなgomesも随時いじくりながら、時に須藤や長岡やケイタイモがソファーにくつろいだりしながら、正味1時間分しゃべりまくっているのである。

 「先に言っちゃうけど、曲順通りやります!(笑)」という須藤の言葉通り、オープニング“Theme From~”に続けて『The Great Escape』の楽曲群を、1曲目の“あそびいこう”から“楽しい時間旅行”“ウィークエンド”“騒々しいバナナ”と曲順そのままに続けていって、本編最後はアルバム最終曲“ハッピー・ウェディング”、という構成。しかし、2曲目“楽しい時間旅行”まで終わったところで「やっぱり緊張しました! だってライブやったことないんだもん、このメンツで(笑)」と口火を切ったかと思うと、“ウィークエンド”を始める前にゲストのコトリンゴを呼び込んで、「コトリンゴの『Sweet Nest』っていうアルバムを聴いてバチッときて、この人に頼みたいなと思った話」から「『何て呼んだらいい?』『コトリって呼ばれてますかねえ』という初対面の話」「“ウィークエンド”でリップシンクしてるモデルさんがハーフの子なので、『コトリンゴ=ハーフ』説が起こったんですよね、というコトリンゴに『あのモデルさんおっぱい大きいんだよね』と返す須藤」と次々に話を転がしまくり、5曲目“カーニバル”の前にはなぜか「gomesのアフロヘアが実は天然パーマな話」「ケイタイモの弁髪歴はかれこれ20年。酔っ払いのおっさんが警笛のヒモみたいにケイタイモの弁髪を引っ張りながらブーッて言った話」など、フリもなければオチもなし、どこまでが本筋でどこからが脱線かも一切関係ないトークが、メンバー全員を巻き込みながら広がっていく。普通ならばオーディエンスも「まだ曲に行かないのかな」的な不安に駆られるところだろうが、ライブも中盤に差し掛かる頃には、この、ステージもフロアも関係ない部屋飲み感覚でのライブ空間こそが、須藤の作ろうとしていたものだ――ということが伝わって、1人1人の「?」が「!」に変わっていった。

 そんな「無意味の意味」に満ちた楽曲と語りで埋め尽くされたライブの空気が変わったのは、9曲目“フェアウェル”でのこと。ex. DOPING PANDA・古川裕がドーパンの終わりやお客さんのことを思って詞曲を書いたこの楽曲は、バンド解散後に落ち込んでいた古川を須藤がスタジオに誘い、セッションをしていく中で須藤が歌うことになった――という話は、さすがの須藤も神妙な面持ちで話していたのが印象的だったし、《さよなら 愛してる また会うその日まで 僕の体は 赤く赤く燃えてる》という真っ直ぐな歌詞を「ザ・無意味」こと須藤が歌っているのが、逆に強い感傷を誘った。が、ラスト・ナンバー“ハッピー・ウェディング”の前には空気がまた一変。髭のベーシストにして須藤の14歳からの幼馴染み:宮川トモユキへのウェディング・ソング。「須藤、俺に曲を書けよ!俺を祝え!って宮川くんに言われて曲書いたけど、それを髭に持っていくのは悔しかったんだよねえ(笑)」。須藤の滋味深いヴァイブの結晶のようなスロウ・ナンバーが、本編をゆっくりと、あたたかく締め括った。

 「ディナーショウやりたいんだよ。『いい曲書きたい』は頭にないんだよね。『みんなと楽しくなりたい』んだよ!」とアンコールで須藤は話していた。「バンド対オーディエンス」という固定観念を「語り」を突破口にして無効化し、より不純物のない音楽のユートピアを築くこと。一見無意味な、それでいてどこまでもポップな歌詞の精度を、メロディの完成度とともに上げることで、極限までシンプルなバンド・サウンドを実現させること。あるいは、自分の中に「空虚という名のでっかいカオス」を抱えているがゆえに、ついには髭だけではバランスがとれなくなった須藤寿が、ついに髭とは別のバランサーを作ることで心の安定を保つことに成功していること――それらの複雑な要素を内包した新たなバンドが、完成に向かって意気揚々と試行錯誤している姿が、この日のライブには赤裸々に提示されていた。ライブ終了後に会った際、須藤は「武田鉄矢さんとか、さだまさしさんとか、松山千春さんとか、そういう境地を目指したいんですよ」と言っていた。まだまだ始まったばかりの試みだが、これも紛れもなく須藤寿という人間の表現そのものだ、という手応えは確かに伝わってくる、不思議なライブ体験だった。10月~11月には東京・青山CAYを皮切りに京都・大阪・名古屋を巡る『須藤寿 GATALI ACOUSTIC SET "The Great Escape" TOUR』が行われる。そのメロウでサイケデリックで朗らかな音とコミュニケーションの世界を、ぜひとも一度目撃してみていただきたい。(高橋智樹)


[SET LIST]

OP Theme From A Teenage Opera
01.あそびいこう
02.楽しい時間旅行
03.ウィークエンド
04.騒々しいバナナ
05.カーニバル
06.ハーイ!ゴメス!
07.僕はゲリラ
08.太陽の季節
09.フェアウェル
10.ハッピー・ウェディング

Encore
11.あの時君は若かった(ザ・スパイダース)
12.学園天国(フィンガー5)