矢野顕子 @ NHKホール 清水ミチコとともに

矢野顕子さとがえるコンサート2012 ~清水ミチコとともに~

矢野顕子 @ NHKホール  清水ミチコとともに
現在はニューヨークを拠点とした活動を行なっている矢野顕子が、年末に帰国して行なうツアー「さとがえるコンサート」。このツアーは毎回、世代やジャンルを超えたゲストとの(これまでに上原ひろみやくるりなどが参加)ユニークなやりとりも見どころなのだが、今年のゲストは清水ミチコ。

清水ミチコといえば物真似お笑いの方であって、少しく意外な印象を持たれる方も多いと思われるが、実は彼女は、その芸風からも察せられるとおり音感にも秀でた人で、音楽アルバムも10枚近く発表している実績がある。なにより矢野顕子の大ファンであり、高校時代に矢野顕子の1stアルバム『JAPANESE GIRL』(76年作品)にショックを受けて以来、現在に至るまで矢野顕子の新作が出る度に歌とピアノの完全コピーを欠かさないというからすごい。そろそろ40年になろうかという「完コピ歴」を惜しみなく、時に過剰(?)に披露し、得意のお笑い要素だけでなく音楽的にも充分以上の持ち味を発揮していたところは流石で、それを喜んでいたのは観客だけでなく、ほかならない矢野顕子自身だったことは最初に言っておいた方がいいだろう。

矢野顕子 @ NHKホール  清水ミチコとともに
ライヴ本編は半分ずつ2部構成に分かれていて、前半は矢野顕子によるピアノ弾き語り、そして後半が二人のデュエット…というよりも歌に演奏にトークに自由活発すぎる丁々発止のやりとりが繰り広げられるという展開。したがって清水ミチコもゲストというよりはすっかり「共演者」という存在なのだが、その重責にきちんと応え倒していた清水ミチコも立派なら、そんな彼女のキャラクターをきちんと受け止めつつ、同時にいつもながらの持ち味も惜しみなく発揮する矢野顕子、そんな両者の度量に改めて感じ入ってしまうライヴだった。

ツアーはまだ続くので二人のやりとりの詳細なレポートは差し控えるが、デュエット楽曲には矢野顕子のオリジナル曲はもちろん、事前にリクエストを募ってのカバーや(ユーミン、矢野顕子と森山良子による“やもり”の曲など)古いスタンダードまで登場。あたかも矢野顕子が二人存在するかのように、あの変幻自在のタイム感でとことんじゃれ合う演奏は、二人のテレパシー交感の妙や、ミュージシャンとしての研ぎ澄まされた感覚が強力に伝わってくるもの。こちらも物真似の妙味に大笑いしながらも、それでも高いミュージッシャンシップに感激するという、余りに贅沢な時間だった。

矢野顕子 @ NHKホール  清水ミチコとともに
ステージには2台のグランドピアノが観客から見て手前と奥という配置でピタリと寄り添うように並んでおり、そして手前のピアノは左に座る形、そして奥のそれが右に座る置き方になっている。つまりステージ上のふたりが互いに表情や視線をうかがいながら演奏やトークが進んでいく設計なのも(基本的に左~下手側~に清水ミチコ、右~上手側~に矢野顕子)互いの反射神経を際出せる意味で効果的。お互い、演奏中にそれぞれ予定外のフレーズやメロディーを挟んでくると、「そう来たか!」とビビッドに反応し、返し技でアドリブの応酬を繰り返していくうちに、アタックもテンポもぐいぐい過熱していくという、こちらも手に汗握るスリリングな瞬間はやはりデュエット形式ならでは。そんな調子で自由奔放に進行しながらも、コーナーの締めとして用意された“相合傘”“いもむしごろごろ”ではシリアスな演奏でキリリと場を引き締めるなど、手応えも充分すぎる共演を見せていた。

もちろん、前半の矢野顕子ソロによる歌と演奏の素晴らしさはいわずもがな。彼女はソロの場合、基本的に選曲は事前には決めずピアノの前に座った時に決める人なのだが、この日もまずはステージ前方で深いお辞儀をした後、ピアノに座り、客席を眺めながらも指はポロンポロンと徒然なるままにメロディーを奏で始める。いつもながらの自由な空気感でこの日のライヴもスタートしたのだが、それはあたかも、今日のお客さんにはどんな曲がお似合いなのかを思案しているふう。こちらに満面の笑顔を向けっぱなしのまま、ピアノの音色だけがゆっくり響きわたる場内…という状態で少しく時間を過ごしたところで、ふと何かが閃いたように曲はサッと“クリームシチュー”へとなだれこんでいく。これは、この日の東京が天気こそよかったものの寒風が吹きすさんだ日だったので、温かみを前面に出した曲が選ばれたんだろうと思います。その後も、1stアルバムから“電話線”、くるりとの共演を思い出したのか彼等の“ばらの花”、そして来年2月にリリースが予定されているアルバム『矢野顕子 忌野清志郎を歌う』から早速“誇り高く生きよう”を披露するなど、演奏はもちろん選曲にも意外性たっぷりのキャパシティを感じさせる展開。凛とした緊張感とハートウォーミングな遊び心、その両方をふんだんに感じさせる時間だった。

矢野顕子 @ NHKホール  清水ミチコとともに
アンコールでは、まず矢野顕子がひとりで登場し1曲歌ったあと、続く2曲目“ROSE GARDEN”が始まると再び清水ミチコも登場。ここは、矢野顕子のピアノ伴奏に乗って清水ミチコが物真似ネタを一気に披露するコーナーに。場所がNHKホールということ、そして時節がら紅白歌合戦にちなみ、番組中にアナウンサーが読み上げる応援メッセージをいろいろな人になりきってマシンガンのように矢継ぎ早に披露していく芸を見せてくれたのだが、これは本当にすごかった。「50音順で!」ということで哀川翔、アグネス・チャン等にはじまり、ものすごいスピードとよどみの無さでおそらく50人くらいの物真似が5秒~10秒刻みで立て続けに披露されたのだが、最後を矢野顕子で締めていたところは、お見事。そしてラストは、矢野顕子と忌野清志郎のデュエットでも有名な“ひとつだけ”をふたりで演奏。当然のように清水ミチコは清志郎パートを物真似で歌うわけだが、ここではお笑い成分をぐっと抑え、しっかりとした歌唱で切実に歌詞とメロディーを表現。あたかも清志郎がそこにいるかのような歌声に、柔らかく寄り添っていく矢野顕子の声も殊更に情感があふれたもので、大笑いもふんだんにあったライヴをそれでも厳かなものとして締め括っていたところは、二人の力量を改めて痛感した瞬間でもあった。(小池清彦)
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