溝渕 文 @ SHIBUYA DESEO

溝渕 文 @ SHIBUYA DESEO - pic by MAYO SEKIpic by MAYO SEKI
溝渕 文 @ SHIBUYA DESEO
このライヴの日の前日である12月19日に、セカンド・アルバム『ボトルメール』をリリースした溝渕 文。まだ彼女の名前を初めて聞く人も多いと思う。本サイト「RO69」が主催するアマチュア・アーティスト・コンテスト「RO69JACK」で2009年に優勝。ミニアルバム『Telescope』をリリース後、昨年2011年にはファースト・フル・アルバム『アサガタノユメ』でメジャー・デビューを果たした。そうした意味では、本サイト「RO69」と縁もゆかりも深いアーティストなのだが、セカンド・アルバム『ボトルメール』リリース後初となったこの日のライヴを観て、たまげてしまった。「生まれ変わった」、その言葉が決して大袈裟ではなく、胸にストンと落ちるような、そんなライヴだったのだ。溝渕 文はすごい。女性のソロ・ロック・アーティストとして、今こんなアーティストはなかなかいない。

18時30分、客電が落ち、ステージ正面を覆っていたスクリーンが上がる。ギター、キーボード、ベース、ドラム。4人のバック・バンドを従えて、既に溝渕 文はステージの中央に立っている。始まった1曲目は、『ボトルメール』のオープニングを飾るナンバーでもある“Spiral Days”。前作『アサガタノユメ』の音楽性から地続きのR&B色の強いナンバーだ。けれど、彼女がマイクスタンドを握って、歌い始めた瞬間に圧倒される。これまでの溝渕 文は、天性の真っ直ぐな声と芯のあるメロディが特徴的なアーティストだった。今もその本質はまったく変わらない。けれど、歌の広がり、サウンドの自由度がまったく違うのだ。しなやかな鋼とでも言えばいいだろうか。ワウやカッティングを駆使したギターや太いベースラインなど、アシッド・ジャズの影響を感じさせるバックの演奏も華やかなのだが、歌が歌として中央で存在感を発揮する、そんなパフォーマンスになっている。

溝渕 文 @ SHIBUYA DESEO
そして、そうした成長というか、急激な進化をさらに証明してくれるのが、2曲目に演奏された“青夜”だ。3拍子のミドル・テンポの楽曲なのだが、ギターのアルペジオをイントロにして、バンド・サウンドが入ってきた瞬間に、途轍もないスケールのサウンドが広がる。まるでライヴハウス全体を揺らすようだ。溝渕 文の歌も負けていない。そのド迫力サウンドを、身体全体で受け止めるように、みずからの流線型の歌を歌っていく。そうしたパフォーマンスから、ふと思い出したのは、フィオナ・アップルだった。《なんで、なんでって君に問う夜も――》。これは“青夜”のサビの一節だが、個人的なメッセージが音楽という形で出力されることによって、普遍性を獲得していく。

3曲目の“501号室”では、そうしたロック・サウンドがさらに加速していく。打ち込みのリズムから入るAメロの部分は「静」のサウンドなのだが、それがサビで一気に「動」へと爆発する。溝渕 文の声もこの日一番の声量を記録する。死をテーマにした楽曲だが、まるでその声は死によって分け隔てられる「こちら側」と「あちら側」を飛び越えようとするかのように響く。スクリームと言っていいほど、その声は鬼気迫るものだった。だけど、曲が終わっての「ありがとうございます」という挨拶には、あどけなさが残っていて、そのギャップもすごい。

溝渕 文 @ SHIBUYA DESEO
4曲目は、そうした彼女のソフトな一面を象徴する曲“ハナミチ”。溝渕 文自ら、アコギを弾きながら歌い始めると、“青夜”“501号室”といった化け物のような曲とは打って変わって、解放感に溢れたサウンドが場内に広がる。でも、メロディの強さ、歌の強さは彼女ならではのものだ。特にサビの《自分を信じて歩いていこう》という一節がいい。オーディションというものをきっかけに、自分のソングライティングと歌のみで本格的にミュージシャンの世界に飛び込んだ彼女。信じることのできるもの、信じるに足るもの、それは自分自身しかなかったのだろう。そんなリアリティが歌からこぼれ落ちる。そう、ファースト・アルバム『アサガタノユメ』から、セカンド・アルバム『ボトルメール』へと進化するなかで、もうひとつ大きく変わったのは、歌の表情だ。それを痛感させてくれたのが5曲目に演奏された“マリー”だ。歌い方がこれまでとはまったく違う。ファースト・アルバム時の溝渕 文は、その真っ直ぐな歌にこそ肝があったが、今の彼女は緩急のコントロールが見事だ。歌と歌のあいだにスペースが生まれ、そこから情念が溢れ出す、そんな歌い方に変わっている。特に“マリー”のような恋愛について歌った曲の場合、そんな歌の表情が曲に生命を吹き込んでいく。

この日のライヴを行った会場、SHIBUYA DESEOで、1月30日に無料招待ライヴを行うことを告げ(詳しくはこちら→https://reg23.smp.ne.jp/regist/is?SMPFORM=sg-neqj-a7fc3da4bb90bd2823d98b7655354f26)、最後に演奏されたのは“坂本橋”。踏み鳴らされるキック、唸りを上げるベース、勢いを増していくギター、広がりを与えるピアノ、そうした強力なバンド・サウンドを背負って、これまでも書いてきた彼女がセカンド・アルバムで果たした進化の総決算とも言うべき歌が歌われる。そして、ライヴは唐突に終わる。溝渕 文のこうした成長を目撃した衝撃だけが余韻として広がっていく。彼女は年末に行われるCOUNTDOWN JAPAN 12/13でも大晦日、12月31日に出演する。最初にも書いたとおり、まだ彼女の名前を初めて聞く人も多いと思う。けれど、ぜひ観てほしいと思う。ファースト・アルバムの頃から彼女のライヴは観てきたけれど、初めて観たほうがきっとびっくりすると思う。(古川琢也)
溝渕 文 @ SHIBUYA DESEO
公式SNSアカウントをフォローする

人気記事

最新ブログ

フォローする
音楽WEBメディア rockin’on.com
邦楽誌 ROCKIN’ON JAPAN
洋楽誌 rockin’on