女王蜂 @ SHIBUYA-AX

撮影:岩根愛
無期限活動休止がアナウンスされた女王蜂の、現段階でわかっている最後のステージとなる単独公演「白兵戦」を観に行ってきた。会場はSHIBUYA-AX。超満員のフロアに目をやると見渡す限りの白・白・白。公演毎にドレスコードを設けてきた女王蜂だが、「白兵戦」と題されたこの日のステージに併せてファンは皆白い服を身にまとっている。デビュー以来疾走し続けてきた女王蜂の最初のピリオドをファンが覚悟を持って受け止める、そんな凄みすら感じさせる純白の会場だ。

定刻を少しすぎたところでSEからバンドの演奏へと爆音でスイッチされ、ステージの幕がついに開く。ステージの天井からは白いカーテンが幾重にもドレープを描いて垂れさがり、どこかアールデコ調の雰囲気を醸し出している。バンドのフォーメーションはステージの上&下手に向き合う陣形でキーボードが配され、ドラムのルリちゃんを真ん中にして5人のメンバーが綺麗なシンメトリーを描いている。相変わらず見事なコンセプトと美意識に貫かれたステージ、そしてルリちゃんが「白兵戦!」と叫び、1曲目の“夜曲”のインストが始まった。そこにアヴちゃんがひとり遅れて登場、場内は悲鳴のような大歓声で満たされていく。アヴちゃん達の今日のコスチュームはセクシーな白のビキニにシンプルな白いシャツをはおり、アヴちゃんはそのシャツの上にガンホルダーのような細いベルトを装着している。シンプルだけどむちゃくちゃ挑発的な、これまた最高の女王蜂スタイルだ。

そんな最高の女王蜂スタイルが貫かれたステージの真ん中で、アヴちゃんが“鏡”をゆっくりとファルセットで歌い始める。もう、早くもこの時点で涙腺がヤバイ感じになってくる。無期限活動休止を控えた「(当面)最後のステージ」という、バンドもファンも思いっきり感傷的になってしかるべきシチュエーションにあって、ステージ上の彼女達は一切の言い訳も甘えも持たない表現体として立とうとしているのだと、瞬時に理解できるオープニングだ。続く“イミテヰション”で一気にトップギアに入ったパフォーマンスは、ここから“八十年代”までフリーキーなディスコテック・ショウへと突入していく。印象としてはここまでほとんどシームレスでアゲアゲで、フロアは羽扇子が舞う狂乱のダンスホールと化していく。

“ストロベリヰ”終わりでアヴちゃんの一回目のお色直しタイムとなり、ミニドレスの上に白いガウンをはおったアヴちゃんが再登場。ステージ中央の椅子にペタンと腰かけたアヴちゃんは「遅い!」と一言、そして“待つ女”が始まる。“待つ女”にはまるで「昭和歌謡メタル」とでも呼ぶべきとんでもないアレンジが加えられていて、ここから“バブル”へと続く中盤のセクションは女王蜂の現在のバンドのプレイヤヴィリティの凄まじさが片っ端から証明されていく。中でも「お兄ちゃん、いいとこ見せてんか!?」とアヴちゃんがギターを煽って始まった“鬼百合”のファンキーなアレンジは最高で、やしちゃんのチョッパー気味なベースとも相まってぶっとい鞭が音を立ててしなるようなサディスティックな快感に陥っていく。ホーンの音色を模したキーボードも効いている。今の女王蜂はバンドの「肉体」としては最高のコンディションにあると思うし、だからこそその最高の肉体をいったん封印することを選んだ彼女達の決意の深さ、そしてバンドの「精神」面でのストイシズムを改めて痛感させられる。“人魚姫”ではジャズピアノ風のアレンジも飛び出すなど、バンドの未来を予感させるほんっっとに最高のセクションだった。

カオティックな“火の鳥”を終えたところでアヴちゃんが「今日イチ叫んでごらん?」と促すと、SHIBUYA-AXの天井が割れそうな悲鳴と怒号が轟く。そして“バブル”へ。「どんな思い出もいつかははじけて消えてしまう。そうでしょ?」とアヴちゃんは呟く。この日のアヴちゃんのMCは基本的にその全てがセリフを口にする女優のようなトーンでまとめられていて、簡潔にして詩的だ。昨年10月の「九蛇行進」ツアー・ファイナルでファンに向けて自分達の弱さや葛藤もすべて吐露した素のMCの数々と比較すると、全くモードが異なっていたと言っていいだろう。この夜の多くを語らないアヴちゃんには、その代わりに歌で、演奏で、身体で、ステージ上のパフォーマンスの力のみで全てをファンに伝えようとする気迫が感じられた。

そして後半戦、白いベールをかぶった花嫁のような装いのアヴちゃんが椅子に腰かけ、“無題”が始まる。言うまでもなく“無題”は堕胎についての歌であって、アヴちゃんはすすり泣きながらベールを脱ぎ、ドレスを脱ぎ、そのドレスを赤ん坊を抱き締めるように胸に抱える。場内は水を打ったように静まり返る。その静寂の中で“コスモ”が始まり、そしてついに、“鉄壁”が鳴る。“無題”で死を、彼岸の喪失を歌ったアヴちゃんが、「あたしが愛した全てのものに どうか不幸が訪れませんように」と祈り、「生きていくこと 死が待つことは 何より素晴らしいこと」と歌うということ――私は『蛇姫様』を初めて聴いた時から“無題”と“鉄壁”は「対」だと、“無題”の絶望を救うのは“鉄壁”でしかないと思っていた。だからこの日のショウの最後が希望と「生」の歌である“鉄壁”で、アヴちゃんの力強い素の歌声で締めくくられたのは本当に感無量だった。

真っ白な幕に照明が反射し、眩い光に包まれたステージにアウトロのノイズが幾重にも反響していく。アヴちゃんは祈り、深々とおじぎをするとステージ下手へと走り去ると全ての音が止み、無音が広がる。しばしの呆然。そしてようやく我に返ったオーディエンスからはどよめきと共にアンコールが巻き起こった。絶え間ないアヴちゃんコールと拍手が5分は続いただろうか。再び幕が開くと、アヴちゃんが泣いている。泣きながら笑顔になると「ありがとうございました」とひとこと、そして“溺れて”、“棘の海”の2曲がプレイされる。純白の幕切れだった本編に対し、このアンコールは赤い。真紅の照明に照らされながら、アヴちゃんはラスト2曲を文字通り噛みしめるように歌う。ラスト、何度も涙をぬぐいながらアヴちゃんはちいさく「ありがとう」と呟くと、くるっと客席に背中を向けて去っていく。ステージの幕が閉じた向こう側で演奏はまだ続いていて、まるで映画のエンド・ロールのようなフィナーレだった。

再生誕の予定は、数日後なのか、数年後なのか、未だ見ぬところです。しかしいつぞや必ず完全体への変貌を遂げることを、ここにお約束申し上げます――女王蜂の公式サイトには今そんな一文がアップされている。この日のライヴを観て、本当に再生誕の予定は未定なのだろうと感じた。そして、彼女達が言うところの完全体への変貌を確信することができた。どんなかたちが女王蜂にとっての「完全」なのか、それは私達にはわからないし、おそらくアヴちゃん達自身もまだわかっていないだろう。でも、アヴちゃんにとって歌うことは息をすることであり、曲を書くことは寝食と同じ意味を持っているわけで、そんな表現者の宿命を負った彼女達にとって、女王蜂とはまさに生きることそれ自体なのだという確信が、ますます強まった一夜だったのだ。

アンコールの幕が閉じた後も、彼女達を求める拍手と歓声はいつまでもいつまでも止まなかった。すると幕が再びするすると3分の1ほどだけ開き、ステージの真ん中にはぽつんとマネキンが、アヴちゃんのドレスを着たマネキンが佇んでいた。最後の最後まで女王蜂らしい、最高の演出だった。(粉川しの)

セットリスト
1. 夜曲
2. 鏡
3. イミテヰション
4. デスコ
5. 八十年代
6. ストロベリヰ
7. 待つ女
8. 鬼百合
9. 人魚姫
10. 火の鳥
11. バブル
12. 告げ口
13. Ψ
14. 無題
15. コスモ
16. 鉄壁
(アンコール)
17. 溺れて
18. 棘の海