アーティスト

    ルーファス・ウェインライト @ 渋谷公会堂

    ルーファス・ウェインライトの3年ぶりの来日の東京公演となる渋谷公会堂へ行ってきた。ルーファスは近年、来日のたびに明確に意味性の異なるショウを実現させてきた。2008年の東京国際フォーラム公演はフル・バンド・セットでのコンセプチュアルかつ劇的なポップ・ショウだったし、前回2010年のJCBホール公演は拍手厳禁の前衛舞台のごときピアノ・セクションとフレンドリーな弾き語りセクションからなる2部構成のユニークな内容だった。そして今回、最新作『アウト・オブ・ザ・ゲーム』(2012)を引っ提げての渋谷公会堂でのステージのテーマはずばりシンプル。全編に亙ってルーファスがたったひとりでピアノ&アコースティック・ギターで弾き語るという、過去5年の来日中でも最も素のルーファスを目撃するチャンスとなった公演だった。

    小さなスタンディングのライヴハウスならともかく、キャパ2000を超える渋谷公会堂のようなホールのステージにたったひとりで立ち、たったひとりの声と楽器だけで聴衆を魅了するパフォーマンスが如何に難しいかは言うまでもない。しかし、ルーファス・ウェインライトの場合はむしろそのシンプリシティを不足ではなく贅沢に感じさせるのが凄いところ。彼の歌声とピアノの音色「だけ」が木霊する空間、1曲目の“The Art Teacher”からその贅沢が瞬時に理解できる。ピアノの弾き語りと言っても前回JCBホール第一部で彼が繰り広げた極度の緊張とストイシズム漲る静寂のそれとは異なり、今回のルーファスのモードは温かな彼の温もり、実在を強く感じさせるパフォーマンスで、幾重にも重なるビブラートの襞の奥から、鍵盤を滑る指先から、止めどなくルーファスの感情が溢れ出してくる。

    「桜の季節に日本に来たかったんだよ」とルーファス、そして“Matinee Idol”が始まる。同じピアノの弾き語りでも一気に情景がカラフル・華やかになるのを感じる。ルーファスのパフォーマンスは音数のミニマリズムが表現のミニマリズムとは一切関係しないのがユニークだ。同じ一音の響きでも彼がそれを静に捉えればどこまでも静謐が広がっていくし、この“Matinee Idol”のようにそれを彼が動と捉えれば一気にグラマラスになっていく。すべてはルーファスの「気持ち」次第、そんな不可測性によってますます彼のパフォーマンスに吸い寄せられていく。

    ちなみにこの日のルーファスは絶賛おしゃべりモードで、毎回の恒例のようにもなっている「東京ショッピング話」も前半からびしばし繰り広げて本当に御機嫌だ。ちなみに今回は東京ドーム近くのお気に入りの小さな美しいお店と、渋谷のセレクト・ショップ「オープニング・セレモニー」でしこたま買いまくったそうで「大金とおさらばしたよ」と冗談めかして眉をひそめる。「次の曲はクレイジーだからみんな手拍子することになると思うけど」と言って始まったのは“Out Of The Game”。ここからのセットはルーファスがピアノとアコギを数曲づつ行き来して進んでいくプログラムで、抒情の極みの“Jericho”、そして父との思い出のエピソードを語りながら始まった“Want”といった中盤のアコギ弾き語りナンバーは、前半のピアノ・ショウとはまた違ったシンガー・ソング・ライター=ルーファス・ウェインライトの等身大のポートレイトを見るような時間だった。

    そして後半、最も感動的だったのがジェフ・バックリィとの出会いをきっかけに作った曲“Memphis Skyline”、そしてそこからシームレスで演奏された“Hallelujah”だった。かつてジェフにひどく嫉妬していたこと、でもある日一緒にしこたま飲んで一気に打ち解けたこと、その夜が本当に素敵だったこと、そして彼が死んでしまった時のこと――そんなルーファスの話の後にプレイされたこの2曲は、ジェフの死後15年以上が経った今なお2人の友情と表現者としての共振を感じさせてくれるものだ。“Hallelujah”ではルーファスの座るグランドピアノを二筋の光がまるで十字架のようにクロスして照らしていく。

    そんな“Hallelujah”の深い余韻をさっと振り払うように軽快に始まったのが“California”。今度はルーファスに促されるまでもなく自然と客席から手拍子が湧きあがってくる。本編ラストは亡き母へのレクイエムのように鳴った美しくも切ない“Zebulon”から待ちに待った名曲“Cigarettes and Chocolate Milk”へと、悼みから祝福へとシームレスで繋がれる感動的な流れだった。アンコール、ピアノのジャジーな連弾にしびれまくった“Montauk”も、そして最後の最後を静かに幕下ろした“Poses”の余韻も素晴らしかった。過去5年で最もシンプルなルーファスのステージ、それはシンガー、コンポーザー、そしてパフォーマーとしてのルーファス・ウェインライトの本質を知るには十分すぎるものだった。(粉川しの)
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