キリンジ @ NHKホール

ブラボー、キリンジ。多くの人がそれぞれに、様々な思いを抱えながらこの日を迎えたはずだけれども、3時間50分にも及ぶステージがクライマックスに向かうにつれ、何よりも先に溢れ出てくるのはそんな言葉だった。堀込泰行と堀込高樹による、兄弟ユニットとしてのキリンジのラストスタンド。昨年10月に、通算9作目のアルバム『SUPER VIEW』のリリースを目前に控えながら、弟・泰行がキリンジから脱退しソロ活動に専念することが発表された。今後、キリンジの名は兄・高樹が継いでゆくことになる。2月10日の横浜ブリッツで幕を開けた全15公演の2人キリンジによる最後のツアー、途中10作目のアルバム『Ten』のリリースを挟んで迎えたのが、NHKホール2デイズのファイナルだ。

ステージを覆い隠す白幕が切って落とされ、まずはコミュニケーションを呼びかける“グッデイ・グッバイ”が、続いて力強く優しいファンキー・ソウルで夜を駆け抜けるメジャー・デビュー・シングル“双子座グラフィティ”が、届けられる。アメリカ青春文学風の軽妙な情景描写が、饒舌極まりないサウンドに溶けていった。バンドは堀込兄弟に、田村玄一(G./ペダル・スティール)、千ヶ崎学(Ba.)、楠均(Dr.)、伊藤隆博(Key.)という6ピース。「こんばんは、『KIRINJI TOUR 2013』千秋楽へようこそ。僕らもすべて出し切って、楽しんで、悔いを残さないようにやりたいと思いますので、ちょっと長いですけど、最後までよろしくお付き合いください」と泰行がシンプルに挨拶を済ませ、とにかく楽曲に語らせよう、とばかりに再び演奏へと向かう。甘く優美でありながらもハッと息を呑むような展開とメロディのフック、ハーモニー、そして歌詞が花開いていく。それを味わい尽くすかのように、客席からは一曲ごとに盛大な喝采が沸き上がっていた。

情熱が青白い炎の如く静かに燃え上がる“愛のCoda”に続いては、連続配信リリースが話題になった『7-seven-』の頃のナンバーも披露される。“Ladybird”は久々のプレイだったそうだ。味わい深さと経年劣化耐性を持ったグッド・メロディの連打に、目眩を起こしそうになる。そして高樹のクラシック・ギターや田村のウクレレが活躍する、フォーキーな“小さなおとなたち”や、バンジョーが搔き鳴らされカントリー風に賑々しくひた走る“さよならデイジーチェイン”、オーディエンスによるハンドクラップが見事に差し込まれる“ホライゾン!ホライゾン!”と、アコースティックなナンバーが続く。アコースティックと言っても、エレクトリック編成時に負けず劣らず、ダイナミックでスケール感の大きいパフォーマンスになっているのが面白い。

そして、リリースされたばかりの10作目のアルバム『Ten』からは、“夢見て眠りよ”と“ナイーヴな人々”の2曲を披露する。「年末に作ってたんですけれども」「前作『SUPER VIEW』から半年ぐらいで。やればできるんだっていう」「今回のツアーでも、もっとやっても良かったんだけどね」「家でやったりしてね」と堀込兄弟は笑い混じりに話していた。いろいろ突っ込みたいところはあるのだが、泰行の脱退が発表されてからの、彼ら兄弟による2人キリンジの「まとめっぷり」「やり込みっぷり」は本当に凄まじいものだった。“CHANT!!!!”に“アルカディア”といった往年のキリンジ音楽の宇宙はステージ後半のハイライトと呼ぶべき名演だったけれども、“祈れ呪うな”や“早春”といった近年の楽曲もまったく見劣りしていない。キリンジが、キャリアの中で経年劣化耐性を持った「ポップ」を獲得し、遂にはその先で、「人々の耳に寄り添うポップ」というよりも「刮目せざるを得ない大発明品としてのポップ」に辿り着いたような、そういう有無を言わせない説得力をもたらしてくれる。本編終盤には『SUPER VIEW』の楽曲が堂々配置され、そして最後には“ブルーバード”が羽ばたくのだった。

アンコールに入っても、「さっそくやりますか」と、歌詞の一言一句が染み入る名曲“Drifter”から曲また曲の展開。ストレンジなジャズ・ファンクで届けられる“千年紀末に降る雪は”に続いては、美しいラヴ・ソングの“スウィートソウル”と、兄弟それぞれのソング・ライティングの結晶を残してゆく。「しんみりしてもアレなんで、懐かしい曲を」とスキッフル風の“茜色したあの空は”が手拍子を巻き起こす頃には時刻は既に22時というところだったが、オーディエンスはこのままキリンジを帰らせてなるものかとばかりに再び嵐のようなアンコールの催促を浴びせかける。そしてダブル・アンコールで披露されるのは、もちろんこれを聴かずには終われない“エイリアンズ”だ。途端に静まり返って息を呑み、静謐なサウダーヂの魔法に身を委ねるのだが……お兄さん、やってくれた。このギター・イントロでまさかのミス。そして仕切り直しである。ホール内は爆笑の渦だ。さすがに長丁場の疲労で掠れ気味になった声を振り絞り、なおファルセットで歌う泰行に、熱い喝采が贈られる。

泰行:「キリンジは、ファンに恵まれたグループだったと思います。退屈しないで、15年間、やってくることができました。新しいキリンジは兄がやっていきますので、よろしくお願いします。僕は、マイナー競技でオリンピックを目指そうと思います」
高樹:「意味がわかりませんが」
泰行:「まあ、悲しい気持ちになっている人もいるかと思いますが、それぞれ音楽に理想があって辿り着いた結論なので、あまり悲観しないで頂きたいと思います!」

またまた笑った。そりゃ、花が散ったからと言って、もの凄い勢いで緑の葉に色づく桜の木を悲観する必要はない。だとしても、本編中に新しい渋谷駅やらみかんやらの話題でお茶を濁していた(高樹は嬉々として毒を吐きまくっていた)と思ったら、最後の最後にざっくりと潔すぎるのである。で、披露されるナンバーは“悪玉”。《捨て身の奴に負けはしない/守るべきものが俺にはあるんだ/このラストスタンドに》。はっきり言って、カッコ良すぎるだろう。《「マイクよこせ、早く!」》のコールのとき、泰行は自身のマイクを客席に向けていた。そして彼らが立ち去った後も、場内はスタンディングオベーション。いつまでも拍手が鳴り止まない。改めて、ビール缶を携えた堀込兄弟は挨拶に姿を見せる。アーティストとして最も身近な好敵手であるはずの2人は、それぞれの道を歩み出すけれども、このときは実に晴れ晴れとした表情を見せていた。感傷を押し流すほどにとめどなく繰り出される、2人キリンジの集大成の音楽があり、見事な到達感を受け止めさせるステージであった。(小池宏和)

01. グッデイ・グッバイ
02. 双子座グラフィティ
03. 風を撃て
04. 野良の虹
05. ダンボールの宮殿
06. 耳をうずめて
07. 僕の心のありったけ
08. 愛のCoda
09. タンデム・ランナウェイ
10. Ladybird
11. 小さなおとなたち
12. さよならデイジーチェイン
13. ホライゾン!ホライゾン!
14. 夢見て眠りよ
15. ナイーヴな人々
16. ムラサキ☆サンセット
17. YOU&ME
18. Music!!!!!!!
19. 都市鉱山
20. CHANT!!!!
21. アルカディア
22. 祈れ呪うな
23. 早春
24. 夏の光
25. TREKKING SONG
26. 竜の子
27. ブルーバード
encore
01. Drifter
02. 千年紀末に降る雪は
03. スウィートソウル
04. 茜色したあの空は~もしもの時は
encore-2
01. エイリアンズ
02. 悪玉