【コラム】Ken Yokoyama、いま再び武道館のステージに立つ決意とは?

【コラム】Ken Yokoyama、いま再び武道館のステージに立つ決意とは?

《2016年3月10日、8年2ヶ月振りに武道館のステージに立ちます。
長い間待ち望んでいた、Ken Yokoyama 武道館再び。
「DEAD AT BUDOKAN Returns」と名付けました》

Ken Yokoyamaにとって2度目となる日本武道館公演「DEAD AT BUDOKAN Returns」開催決定のニュースを、多くの人が怒濤の感激とともに噛み締めていたことと思う。2008年の「DEAD AT BUDOKAN」以来となる武道館公演であり、2010年10月に東西アリーナで行われた「DEAD AT BAYAREA」以来の大型公演となる今回の「DEAD AT BUDOKAN Returns」。冒頭に引用したのは、開催発表にあたって横山健本人が発表したコメントだが、そこに続く言葉は「晴れ舞台」的な祝祭感とは一線を画したシビアさに満ちたものだった。

《近年フェスなどで大きな舞台を踏ませてもらうことは多々あります。
しかし自分達で舞台を一から作って立つのは、2010年の DEAD AT BAYAREA 以来です。
実はその2010年に思ったことがあります。
「きっとこれが最後の大舞台だ」
もう自分には、自分のために大きな舞台を作るエネルギーも力も残らないだろうって思ったんです。
本気でそう思っていました。

その一方「武道館にはいつか戻りたいなぁ...」というのは感じていて、いろんなタイミングがうまく重なるのを待っていました。
二度と来ないかもしれないけど、待っていました。
タイミングは来てもエネルギーはないかもしれない、そう思いつつも待っていました。

まだ今ならエネルギーはある、執念っちゅーエネルギーです》

2008年の初武道館の際には、横山健は公演に先駆けて新曲“Dead at Budokan”をオフィシャルサイトで発表、《オレ達にとっては一つの夢が実現する、特別な夜です。どんなにカッコつけても、それが正直な気持ちです》と情熱あふれまくりのメッセージを発していた。

あれから約8年。ミュージシャン/レーベルオーナー/一個人として、音楽不況、震災復興といった終わりの見えない困難な課題と向き合いながら、彼は再び武道館のステージに立つことを決めた。その「執念」が自分ひとりの達成感に向けられたものではなく、パンクロックシーンの牽引者としての使命感と不可分のものであることは、先日の『ミュージックステーション』での鬼気迫る熱演を観た人でなくても切実に感じているはずだ。9月2日にリリースされた最新アルバム『Sentimental Trash』が、「刹那を駆け抜ける衝動炸裂音楽としてのメロディックパンク」よりも「ライフタイムロックンロールとしての哀愁とタフネスに満ちたブルースロック」に大きく振り切れているのも、そんな彼の「混沌の『その先』を生きていくロック」への揺るぎない決意を何よりリアルに象徴している。

そして——先日発表された横山健のコメントは、以下のような言葉で締め括られている。

《今回、再び武道館に戻れることになって、言葉以上に嬉しさを感じていますが、
「I Won't Turn Off My Radio」の歌詞にある通り、だいぶ遠くまで来てボロボロになった自分を実感してます。

恐らくオレがなにを言いたいか、もう皆さんに察していただけたと思います。

できれば多くの方に、都合をつけて観に来てもらいたいです》

日本のパンクロックの価値観を刷新し続けてきた男=横山健は、《オレはラジオを切らないよ》(“I Won't Turn Off My Radio”訳詞)とあえて「時代遅れのアイコン」側のスタンスをとって歌い上げながら、間違いなく今なおパンクの最先端を突き進んでいる。ノーフューチャーな狂騒のための空間ではない、誰もが生命と・苦悩と・希望と対峙し鼓舞し合う灼熱の風景が、来年の「DEAD AT BUDOKAN Returns」には広がっているに違いない。(高橋智樹)
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