長らくニコニコ動画やYouTubeなどの「歌い手」シーンを中心とした活動で多くの支持を獲得してきた96猫(クロネコ)が、先月29日にアルバム『Crimson Stain』でメジャーデビューを果たした。これまでにもインディーズ音源として『memoReal』(2012)から『Brand New…』(2015)まで、4作のアルバムを残しているアーティストだ。
96猫の歌に触れて驚かされるのが、多彩な歌声を使い分ける技術だ。強烈な情念を迸らせる女性ロックボーカルから、美しく艶のある歌声、はたまたガーリーな表現と、おもしろいように表情を変えてゆく。ニコ動の「歌ってみた」カテゴリに残されている音源では、じん(カゲロウプロジェクト)が手がけた“カゲロウデイズ”や、黒うさP(WhiteFlame)による“千本桜”といったボカロ名曲を、ほとんどテナーに近いクールな歌声で披露していたりもする(この2曲は『memoReal』にも収録)。まるで、優れたシンガーたちが交代で歌っているかのような錯覚を覚えるほどだ。そう言えば、miwaの最新シングル『Princess』期間生産限定盤(アニメ盤)には、ふくよかなコーラス参加で楽曲の賑々しさを後押しする“シャンランラン feat. 96猫”も収録されていた。
“Crimson Stein”のミュージックビデオ(Short Ver.)はこちら。
彼女の驚くべき表現力は、今回の『Crimson Stain』においても発揮されている。表題曲“Crimson Stain”は勢いよくストリングスの絡むハイブリッドなロックチューンで、練り上げられたメロディを迫力のボーカルで歌い上げる一曲だ。TVアニメ『影鰐-KAGEWANI-承』の挿入歌にも使用されており、96猫は同アニメ本編に声優としても参加した。スマホゲームのコラボ曲“Dream Breaker”はアッパーなエレクトロポップであり、ここではどこか妖艶な歌声を披露している。また、すこっぷ“外面と内面”、n-bunaによる“夜明けと蛍”、DECO*27“ゴーストルール”、そしてKEIの“ピエロ”と、ボカロ作品のカバーも多く採用。いずれも素晴らしい楽曲だし、滋味深い歌を浮かび上がらせる“ピエロ”では、ピアノバラードとなったアレンジを渡辺シュンスケが手がけている。
ボーナストラックに収められた“ポケットにファンタジー”(オリジナルはアニメ『ポケットモンスター』のエンディング曲)では、セリフの織り込まれた楽曲を見事に再現するなど、96猫の底知れなさが伺える『Crimson Stain』。長らくロックを中心とした表現に触れていると、どうしても「唯一無二の歌声」を偏重してしまいがちな自分がいるのだけれど、まるで楽曲そのものに憑依するかのように、歌に込められた魂を伝える96猫のボーカル表現は、これまでの価値観を揺るがす「唯一無二の歌声」の在り方に思えてならないのだ。(小池宏和)