【相楽樹 コメント】
やっと観れた公会堂ライブ!
ポケットに手を突っ込んで、剥き出しで、
鋭利な雰囲気を纏った宮本さんが
叫ぶように歌い始めた瞬間、
一気に心を奪われました。
私がエレカシを好きになった
あの時と同じような衝撃!
宮本さんの色っぽさといい
映像から溢れた迸る熱に、観終わってから自分の体温も上がっていました。
エレカシかっこよすぎる!
【曽我部恵一(サニーデイ・サービス) コメント】
エレファントカシマシのライブは始まっても客電点きっぱなしで拍手も禁止。そういう噂は当時高校生のぼくらも知っていた。スゲえな、と思った。客電点きっぱなし拍手禁止というその話だけで、そこには目指す何かがあった。当時は見れなかったその時期のライブをやっと見ることができる。
【秦 基博 コメント】
剥き出しの舞台そのままに、
剥き出しの歌と剥き出しの音が、塊のように真っ直ぐにぶつかってきて、
エレファントカシマシの凄さに圧倒され続けた70分間でした。
【光浦靖子(オアシズ) コメント】
1988年、愛知県の片田舎の女子高生の私はこのライブを見ることができなかった。もしも見ていたら・・・。酔うたびに「あのときのエレカシは・・・」と語り出す、しつこいオバさんになっていただろう。並大抵の思い出はこのライブに塗りつぶされちゃっただろう。だから良かったんだ、見れなくて。
【山崎洋一郎(ロッキング・オンJAPAN総編集長) コメント】
過激なバンド・エレファントカシマシ、というイメージの発端になったのがこの渋谷公会堂ライブである。だが、当時見た時に思ったのは、これは過激などというものではまったくない、ということだった。
「過激なパフォーマンス」というものはエンタテインメントの一種である。常軌を逸した歌やMCやショッキングなアクションによって見る者に衝撃を与える、というエンタテインメントの手法である。
このエレファントカシマシの渋公ライブはそういうものとはまったく違う。
ただひたすら真剣に音楽を演奏し歌うひたむきな姿がそこにあるだけだ。その真剣さがその当時の音楽シーンの空気とあまりにも差があり、その音楽のクオリティーがその当時の若手バンドのそれとはあまりにも違った、その圧倒的な「差異」が、人々に「エレカシは過激だ」と思わせたに過ぎない。
つまり「過激」などではなく、ただひたすら「圧倒的」だったのだ。
今この映像を観ても、誰もがそう思うはずだ。