デビュー当時から、アルバムごとにジャケットのアートワークにも、音源制作と同様にこだわり抜いてきたスピッツ。先日発売された『スピッツのデザイン』は、そんな歴代のアートワークを、担当アートディレクターや草野マサムネ自身がインタビューで振り返るという、非常に興味深い内容になっている。デザイン本というだけあって、まずこの本自体の装丁が美しく、布張りの外箱(※)から本を取り出すところから、とてもワクワクさせられる。そして今、日本でここまで「ジャケットデザイン」に特化した本を出せる、というか、出す意義を感じさせるバンドはスピッツの他にいないのではないか、とさえ思った。
音源制作に注力して、デザインは信頼できるアートディレクターに任せるというミュージシャンも多いし、ある程度のイメージは共有するにせよ、細かな方向性までを自分の言葉で伝え、妥協なく意見を言うバンドマンは、実はあまり多くはないのではないかと思う。スピッツほど、というより草野マサムネほど、その時々で表現したいこと、ジャケットで感じてほしいことにじっくり向き合って作り上げてきた人もいないのではないか。本書は、その並々ならぬデザインへのこだわりをクロニクル的に振り返りながら、結果的に、その時々の草野マサムネの音楽へ向き合うモードが浮かび上がってくるという、読み物としてもかなり充実した内容になっている。
メジャーデビューアルバム『スピッツ』から、4枚目のアルバム『Crispy!』までを手がけた梶谷芳郎と、シングル『空も飛べるはず』から現在まで20年以上にわたってスピッツのアートワークを手がける木村豊というふたりのアートディレクター/デザイナーへのインタビュー、草野マサムネ本人へのインタビュー、そして担当ディレクターが見続けてきたジャケット制作の歴史など、豊富なテキストで、スピッツの音楽史をまた違った角度から見つめ返す、とても貴重なアーカイブになっていると思う。
そもそも「アートワーク」についてのインタビューで、バンドのフロントマンが、どのアルバムジャケットに関しても、今でも詳細にその当時に感じていたこと、表現しようとしたことを語れるというのは、なかなかすごいことだと思うのだ。メジャーデビュー前の自主制作のカセットテープなどは、草野自身がアートワークを手掛けていたともいう。「つたないながらもスミスとか、クリエイション・レコーズのジャケットを意識して作ってました。彼らのジャケットにはバンドのメンバーと関係のない女の子の写真が使われてたりしていて、それにすごく惹かれて」と語るように(そのクリエイション・レコーズの影響は、5枚目のアルバム『空の飛び方』から始まる、メンバーやバンドとは関係のない女性の写真を使う一連のデザインで、見事に昇華されている)、草野はひとりの音楽ファンとして、アルバムジャケットそのものを、その音楽と同じように愛してきたのだ。だからこそ、それをすべて丸投げで他人に委ねることはできないのではないかと思う。
そして我々リスナーは、例えば“ウサギのバイク”を聴けば、あの不思議にかわいらしくゆがんだ猫のジャケットを思い出すし、“渚”を聴けば、青空の下、バイクに乗ったクールな女の子の姿を、“醒めない”を聴けば、あの不思議な生き物のふさふさした毛並みを思い出すのだ。きっと草野マサムネも青春時代に聴いてワクワクした楽曲は、今でも耳にした瞬間にそのジャケットが頭に浮かんでいるのではないかと思う。アルバムジャケットとはそういうものであるべきだという強い意志というよりも、もっと感覚的なインスピレーション──。その感覚をとても大切にデザインに落とし込んでいるように思う。
本書では、実際のジャケットでは使われることのなかった写真のアザーカットや、使用されたモチーフの制作風景などもふんだんに掲載されていて、デザインの試行錯誤の過程が手に取るように見られるのも面白い。中でも『Crispy!』のジャケ写用に撮影されたアザーカットはなかなかに興味深い。『Crispy!』は、初めてジャケットに草野自身の写真が使用されているのだが、この写真にも様々なアングル違いのアザーカットが存在していた。加えて、即ボツになったという草野の女装写真まで掲載されていて、これが、予想以上に中性的でかわいらしく(でもやっぱり、この作品のジャケットで使われていたら違和感を感じただろうなとは思う)、1つのアルバムジャケットを作るために、ここまで時間と手間をかけるものなのかと、思わず感嘆のため息が漏れてしまう。
スピッツの音源は、データだけでなくフィジカルで手元に置いておきたいと常々思っている筆者だが、おそらくスピッツのファンにはそういう人が多いはずだと思う。この『スピッツのデザイン』を見て、読んで、そう思うのは至極当然だと思わされた。このクリエーションにかける熱量とゆるぎない愛情に触れ、スピッツというバンドの奥深さを改めて発見した思いだ。いや、とにかくページを開けば見入ってしまうし、何度も読み返してしまうしで、一度手にしたが最後、うっかり何時間も読み込んでしまうヤバイ本でもあります。そして、30年前のアートワークがまるで古さを感じさせないということにも、スピッツというバンドの在り方と見事に通じるものがあって、つくづく草野マサムネという人の慧眼を思い知るのでした。(杉浦美恵)
※本来は布張りのケースは予約した人のみの特典だが、一部の通販ストアや書店ではまだ購入可。