そして、その後のアリーナツアー(2017年)とドームツアー(2018年)は、back numberを取り巻くそんな状況を、あふれんばかりの充実感とともに現実の空間としてわかち合うことのできる、最高の祝祭の場所だった。
しかし――そんな状況に懸命に抗おうとしていた人物がいる。他でもない、清水依与吏(Vo・G)その人だ。
昨年10月28日・京セラドーム大阪でのツアーファイナルでは「正直、怖くてさ。人前で歌うのも、曲を作るのも、歌詞を書くのも」と赤裸々すぎる胸中を語り、「正直、『得意なことだけやれ』っつったら、ライブはやらないです。得意ではないです。でも、自分たちが一生懸命に作った歌だから、恥をかかせたくないし」と切迫した想いを伝えていた清水の姿が、今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。
現在発売中の『ROCKIN’ON JAPAN』4月号巻頭のインタビューでも、清水はその葛藤を以下のように語っていた。
「ドームのステージの上で『人間のまま、ここに来れた』って言ったんですけど、どっかで『あ、人間のままだと、ここが限界だな』って思ってました。まあ、未だに思ってるんですけど、どっか人間じゃないというか、タガを外すというか。制作の時はわりと潜れるようになったんですけど、表現者としてステージに立った時でも、別の生き物になるみたいな感覚がないと、先に心が死んじゃうなって思ったんです。だったら、いらない部分を全部捨て去って、人間じゃないものになって、大事なものを守るほうがいいんじゃないかって」。
「日本の音楽シーンをリードする存在」としての現在地と「弱さも悩みも抱えたリアルな人間としての自分」とのせめぎ合い――そんな軋轢の中で清水が選んだのは、「みんなの期待に応えること」、「現状すべてをちゃぶ台返ししてロックを貫くこと」のどちらかに振り切ることではなく、「現状に抗い困惑する自分」そのものを虚飾なきロックとポップの燃料として楽曲と歌詞へ逆流させることだった。
その結晶こそが、前作『シャンデリア』以来約3年3ヶ月ぶりの新作アルバムとなる今回の『MAGIC』である。
《最深部で悲鳴とSOSが/忘れただけだろう 帰る場所を》とアルバムの幕開けを不穏に彩る“最深部”。かつてはカップリング曲に注ぎ込んでいたルサンチマン暴発モードをシングル表題曲として極限炸裂させてみせた“大不正解”。
バラードの精度をさらに高めた“オールドファッション”や“HAPPY BIRTHDAY”あり、“ARTIST”や“エキシビジョンデスマッチ”に脈打つシニカル&パンキッシュなマインドあり……といった全方位的に弾け回る楽曲群を通してback numberは、清水は、「『アンコール』以降」の出口なきストラグルを1枚のアルバムに結晶させてみせた。
そして、《君に嫌われた後で/僕は僕を好きでいられるほど/阿呆じゃなかった》と麗しのメロディとともに歌う“雨と僕の話”、《それでも人生は素晴らしい/最後はそう言いたいんだけど/こんなに負け越している中で ぼやいても/夜の奥に溶けてゆくばかり》と自問自答する“monaural fantasy”は、清水依与吏というアーティストが己を批評し疑い、己自身と現実に抗うことで必死に前進してきた探求者であることを如実に物語っている。
僕らがback numberの音楽にロックを感じ、彼らの楽曲を信頼できる理由はまさにそこにこそある――ということを、今作『MAGIC』は改めて教えてくれる。(高橋智樹)