きのこ帝国という季節の終わりに寄せて

2019年5月27日、きのこ帝国が活動休止を発表した。筆者の個人的な感想をいえば、もちろん残念だという気持ちが最初に湧き上がってきたが、冷静になってみると、驚きよりも「ついに来たか」という感慨のほうが強いということに気がついた。このバンドを初めて知ったときから、こういう局面がいずれ訪れるであろうことを予感していたように感じた。きのこ帝国は結成から10年あまりをかけて大きく変化してきた。直接のきっかけは谷口滋昭(B)の脱退申し出ということだが、より大きな視点で見るなら、変化の帰結としてきのこ帝国というバンドはひとつの「役割」を終えた――そういうことなのではないかと思っている。

シーンに登場したその当初から、きのこ帝国というバンドは少し「変わっていた」。不思議なバンド名もさることながら、バンドの佇まいとして。インタビューしているとメンバー4人はものすごく強い信頼関係で結ばれていることが伝わってきたが、でもそのぶん外の世界に対して不安定な感じも受けた。ライブでも、フロントパーソンであるはずの佐藤千亜妃(Vo・G/デビュー当時は「佐藤」とだけ名乗っていた)が暗いステージの端っこにいて、反対側であーちゃん(G)が笑顔を浮かべながらも長い髪を振り乱してギターをかき鳴らしていた。そもそも、きのこ帝国は佐藤が8トラックのMTRで宅録をしていたのが始まりだ。本質として内省的で、明るいか暗いかでいえばはっきりと暗かった。その「暗さ」こそがきのこ帝国という当時担っていた「役割」だったのだ。佐藤というソングライターの内側にあるものを具現化するためにバンドはあった。

その姿に明らかな変化が見えるようになったのは、2014年に『東京』というシングルを出した頃からだろうか。佐藤の書く歌詞は明確に外を向き始め、自分ではない「誰か」のことを歌う歌が増えていった。その後メジャーデビューを果たしアルバムを重ねていくなかで、その変化はどんどん加速していった。音楽的にはどんどんポップに開かれ、メンバーの表情も明るくなっていった。いつの間にかライブでの立ち位置も変わり、佐藤はちゃんと真ん中に立つようになっていた。その変化はものすごくポジティブなものを感じさせる一方で、きのこ帝国が当初持っていた「役割」とは違うものが生まれてきていることを物語ってもいた。

昨年リリースされた最新アルバム『タイム・ラプス』はその変化の到達点のような作品だったと思う。美しい歌と、クリアで力強いロックサウンド。アルバムの最後に収められた“夢みる頃を過ぎても”で《変わらない物などないと/気付いてしまった気付きたくなかった/ねえ》と歌われていることが、今にしてみれば違った意味をもって響いてくる。変化の果ての、きのこ帝国という季節の終わり。あくまで解散ではないので、さよならというには早すぎる。どんな言葉がふさわしいかと考えたが、いちばんしっくりくるのは「卒業」だ。というわけで、きのこ帝国、卒業おめでとう。またいつか「同窓会」で会おう。(小川智宏)
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