年末年始特別企画! ロッキング・オンが選ぶ、2020の「年間ベスト・アルバム」TOP10を発表!(第5位)


2020年も残りあとわずか。

新年へのカウントダウンが盛り上がるこのタイミングで、ロッキング・オンが選んだ2020年の「年間ベスト・アルバム」ランキングの10位〜1位までを、毎日1作品ずつ発表していきます。

年間5位に輝いた作品はこちら!
ご興味のある方は、ぜひ本誌もどうぞ。


【No.5】
『フェッチ・ザ・ボルト・カッターズ』/フィオナ・アップル


『Fetch The Bolt Cutters』ジャケット写真

究極の自由が轟くフィオナの大傑作

フィオナ・アップルが前作から8年ぶりに完成させた5枚目となる『フェッチ・ザ・ボルト・カッターズ』は、そのすべてにおいて予想を超える大感動作だ。タイトル曲で、彼女はこう繰り返す。《ボルト・カッターを持ってきて/ここに長くいすぎてしまった》と。英国TV番組の中で主人公の警視が、長年虐待されていた女の子を、閉じ込められていた部屋から救出する時に言った台詞だが、これ自体が今作のテーマと言える。

フィオナは続けてケイト・ブッシュの曲を引用してこう歌う。《自分に合わない靴を履かされてきた/でもその靴では丘は登れない》《その丘を登らなくてはいけない/だから必ず登ってみせる》と。また、フィオナは今作でこれまで自分を支配してきた拘束とひとつずつ対峙し、その呪縛を断ち切り、自分を解放しようとしている。苛めにあっていた中学時代までさかのぼり、当時「あなたには可能性がある」と言ってくれた“シャメイカ”について歌う。かと思えば“フォー・ハー”では《あなたは自分の娘が誕生したベッドで私をレイプした》とフィオナならではの痛烈さで指摘する。女性虐待、恋人の裏切り、女性ならではの団結の難しさ、精神の病、レーベルや社会などによる苦痛と恐れず向き合っていく。

感動的なのはサウンドでもトラウマからの解放を鳴らしていること。ほぼ彼女の自宅でレコーディングされた今作は、始まった瞬間に斬新でDIY感満載のリズムが流れて驚愕する。しかし次の瞬間聴き慣れた果てしなく深いピアノが鳴り、心が奪われる。そんな規格外の構成が最後まで続く。家中の壁や亡くなった犬の骨までを鳴らすビートを主体としたサウンドには、ビヨンセのアフリカン・ビートを彷彿とさせるサウンドから、彼女が飼っている犬の泣き声やチャント、甘美なボーカルのハーモニー、ゴスペル、また魂の底から溢れる嘆きまでが共存している。ルールはなく、複雑で実験的で野心的で、しかしアート性が高く革新的な、2020年のポップに挑戦し前進させたとすら言えるサウンドで構築されているのだ。

この音楽的体験が、“オン・アイ・ゴー”まで辿り着き、90年代的なインディ・ヒップホップ・ビートにスポークン・ワードで終わった時には思わず驚嘆してしまう。そこで《今まで急いで証明してきた/でも今はただ動きたいから動く》とフィオナは宣言している。今作は彼女が獲得した自由と、カタルシスが鳴り響く傑作だ。(中村明美)



「年間ベスト・アルバム50」特集の記事は現在発売中の『ロッキング・オン』1月号に掲載中です。
ご購入はお近くの書店または以下のリンク先より。


『rockin'on』2021年1月号