完全リマスタリング音源などCD3枚＋DVD3枚組となるブルース・スプリングスティーンの78年の名作『闇に吠える街』の特別ボックス・セットだが、これの目玉となる映像のひとつがトロント国際映画祭でプレミア上映された『闇に吠える街』のメイキングを追ったドキュメンタリー作品『The Promise: The Darkness on the Edge of Town Story』。10月29日にはロンドンでこの映画の特別試写会が行われたのだが、なんとここにブルース本人が登場し、質疑応答に答えたという。

映画は76年から78年にかけての『闇に吠える街』の制作現場を追い、これまで未公開だった映像をふんだんに使った内容になっていて、この日ロンドンのBFIサウスバンクで行われた試写会には監督のトム・ジムニーのほか、このアルバムからずっとブルースのマネージャーを務めてきているジョン・ランドウ、そしてブルース自身も姿を現した。

90分に及ぶ作品の上映の後、ブルースは観客に今回の映像がどのように発掘されたのかをこう説明した。

「この映像を撮ってくれたやつは、要するに地元で唯一映像用のカメラを持っていたダチだったと、そんな経緯だったんだよ。この人はどこかの時点で映像作家にでもなるつもりだったんだよね。映像を特に誰かに譲るとかいう話じゃなかったから、こっちも全然その心配はしてなかったんだ」とブルースは説明する。

「それでビデオ・カメラを持ってこの人物がいつもスタジオに来てたんだけど、顔馴染みだったから、こっちもすぐに存在を忘れることができたんだよ。その後、この人物がさ、30年もこの映像を保管しておいてくれてたんだよね。すごく律儀なやつでね、『どうなんだろう、この映像はもともと自分のものなのか、それともあんたのなのかな？』って訊いてきてくれて、それで俺の方から買い取ることにしたから、その問題はもう片がついたと思うんだけど、30年も手をつけないでいてくれて、本当に誠実なやつなんだなと思ったよ」

また、ブルースは『闇に吠える街』がなぜあれほどまでに長い時間のかかる作業になったかということ、そして、70曲もレコーディングしていたのにどうして最終的にその多くをお蔵入りにしてしまったのかということも説明した。

「プロセスの欠落がおもしろいんだよね。つまり、俺たちにはレコードの作り方なんてさっぱりわかってなかったし、当時の俺たちはそれこそ、プロフェッショナリズムの対極にいたからね。俺もね、どんなやり方も信用することができなくて、俺にわかった唯一のやり方はとにかく何時間でも全力でただ演奏を叩きつけていく、もうそれだけだったよね」とブルースは振り返る。「ただ、自分たちが一体なにをやろうとしているのか、それはかなり突き詰めて考えてたよ。自分たちがやってることでまだなにかが達成できてなかったら、その場の空気を嗅ぐだけで俺にはわかったくらいだよ。俺たちは時代についてのレコードを作ってたんだよ。時代というものを嗅ぎ分けようとしてたんだよね」。

「このアルバムで、俺たちは時代をドキュメントするバンドとして、また、そのことを聞き手とやり取りしていくバンドとして確立されたんだよ。俺たちはリヴァイヴァリストや復古主義バンドなんかじゃなかったから。俺は、俺たちが時代をドキュメントするバンドになれるようにと、そこは明確に意識してたんだ」

さらに、ブルースはパンク・ロックの勃発と70年代後半のアメリカの景気後退などとともに、フィルム・ノワールなどもこの作品のキャラクター作りに影響したと説明した。

その一方で、今回のボックス・セットで初めて明らかになる数多くの楽曲についてはこう語った。

「このアルバムではたくさん音源を作って、結局、アルバムに収録されなかった音源は本当にまったく別な作品に属する楽曲になっていたんだよね」とブルースは語る。「なんとかして俺たちが辿り着いて、最終的に収録曲となった10曲は、やっぱり時代を越えて説得力を失っていない楽曲となったし。でも、ほかにもたくさん美しい音があって、この夏、それを全部仕上げていく機会にもこうして恵まれたわけだから、みんなにも気に入ってもらえたら嬉しいと思うよ」。

質疑応答の最後にブルースは『The Promise』の監督トム・ジムニーをこう称えた。

「トムは煩雑な作業を全部片付けてくれて、あの瞬間が語ろうとしていたものを見事に映像として捉えてくれたんだよ」とブルースは宣言した。会場が大喝采に包まれるなか、ブルースはマイク・スタンドをふざけて一部の客にぶつけるような振りをしつつ、にこやかに会場を後にした。

ボックス・セット『闇に吠える街～The Promise: The Darkness on the Edge of Town Story』は12月8日リリース予定だ。