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    くるり『THE PIER』とは、「今」のあなたである――というコラム的な文章(前編)

    くるり『THE PIER』とは、「今」のあなたである――というコラム的な文章(前編)

    「新しさ」と「懐かしさ」。

    というのは、相反する要素なのだろうか。
    難しい問題だ。

    「懐かしさこそが新しい」、という言い方もあるしね、そもそも完全に切り離せるものでもないのかもしれない。
    でも、くるりの新作『THE PIER』を何度も聴いて、僕はなぜこのアルバムがこんなにいいと思うのだろうと考えてみると、結局、そのふたつがあるからなんだと気づいた。

    僕にとっての『THE PIER』というのは、「新しさ」と「懐かしさ」だ。
    どちらか一方だけでも、きっとこんなに好きにはなっていないと思う。
    「懐かしいだけ」のものはセンチメンタルな気分で割り切れば何回かは聴けるが、「新しいだけ」のものは僕は一回聴いてもういいやとなる。
    どちらかだけでは、深く長く愛せる作品にはならない。

    さて、というわけで、この作品について、そして「懐かしさ」と「新しさ」について、ちょっと書いてみようと思う。

    例えば、ミシェル・ゴンドリーの映画や、スパイク・ジョーンズの映画にもこの両極がある。
    それはつまり、オルタナティヴサイドからの、「何周か回った上での」懐かしさ――「やはり結局、これがいい」というバランス感の元に生まれたものなのだろう。もんのすごくざっくり言うとだけども。
    例えば、ヴァンパイア・ウィークエンドもフリート・フォクシーズもグリズリー・ベアも僕は大好きだが、その大好きの根拠もどちらかというと、「懐かしさ」とそれゆえの「わかりやすさ」にある。
    ただそれは、一周回った「懐かしさ」――というか、結局「自分自身の中にある何か」、それをこの原稿では「懐かしさ」と言っているが、その内的な手触りにリアルを見出さざるを得ないという感覚自体がものすごく「わかる」、ということだ。

    この感覚はけっこうみんな持っているものなのではないだろうか。

    たまに実家の母さんの作った二日目のカレーを食って、やはり俺にとってこれが日本一うまいカレーなんだよなあと思う感覚。
    TVに映る34歳になった広末涼子を見て、やっぱりなあ、結局当時、ヒロスエを死ぬほどかわいいと思った感覚は消えないんだよなあ、と思う感じ。
    まあなんでもいい。
    なんでもいいが、その感覚は確かに「懐かしい」のと同時に、もっとも新しい今の自分が一番信用できる感覚でもある。

    ヴァンパイア・ウィークエンドのエズラが二日目のカレーを食って感動しているとは思わないが、原体験として聴いた音楽や、初めて音楽を聴いたベッドルームでの革新的な感動はきっと覚えているんだろうなと思う。
    その「懐かしさ」に近づきたいという内的欲求は持ち続けているんだろう、ということは確実に思う。
    その感覚は、墨田区出身の一介のロック誌編集者である僕にもよくわかる。

    一方で、ロックミュージシャンや映画監督といった、アーティストたる人種が「懐かしさ」なんてものを信用していいのか、と、「新しい」ものを欲求し続けるものじゃないのか、と思う方もいらっしゃるかもしれない。
    ま、そうだよね。
    ま、そうなんだけど、さっきも書いたとおり、「懐かしい」ものも、「新しい」ものも結局は一緒で、大事なのは「そこに自分がいるかどうか」なのだと思うのですよ。

    その、「そこに自分がいるかどうか」というテーマを、みんな自分の尺度でうまく言い換えながら使っている。

    「自分が聴きたいものを作った」
    「今、一番新しいと思えるものを作った」
    「今、自信を持って歌えることだけを歌った」
    「今、僕に言えることはこれだけで、この一言だけはわかってほしい」

    それはどれも一緒で、それはつまり、「この作品の中に自分自身がいる」ということだ。

    前置きが長くなってしまったけれど、くるりの最新作『THE PIER』。
    この作品の中には、ものすごく岸田繁がいる。
    そこかしこに岸田がいる。
    岸田が「いい」と思えたフレーズ、メロディ、歌と音だけで、一言一言、一音一音、断片のすべてが作り上げられている。
    「いい」というより、「自分がいる」と感じられる音だけを紡いでいる、というような感じがする。
    くるりは昔からそういうバンドだったが、この作品は特にそういう感じがする。

    『THE PIER』。
    それは、岸田繁が岸田繁という人を、岸田が生きてきた時間と生きている今を、何より信用すべきその手触りを「受け入れた」作品なのではないだろうか。
    僕はそう思う。


    長くなってきたので、続きは後編で書きます。
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