5月末にマンチェスターで故マニの追悼コンサートがおこなわれる。マル秘ヘッドライナーは開催1週間前まで明かされないが、キャスト、元カサビアンのトム、ピーター・フックを始め、多くのアクトがザ・ストーン・ローゼズとプライマル・スクリームを支えた希代のムードメーカーを力いっぱい祝福する宴になりそうだ。
ロッキング・オン6月号は、そんなマニのミュージシャン人生を決定づけたローゼズを振り返る小特集を掲載します。目玉は2作目『セカンド・カミング』期のイアン&マニの95年のインタビュー。後に「ジョン・スクワイア・エクスペリエンス」と揶揄されたほどブルージーでヘヴィなギターがフィーチャーされたこのメジャーデビュー作は、彼らにとってアメリカ進出へのカギを握る一枚だったことが窺える。
その夢は志し半ばで潰えたが、80年代末〜90年代初頭のいっとき、ローゼズはイギリスを照らしたレモン色の希望の太陽だった。同期の英インディロックバンドの多くは敗北主義的に狭いサークルにこもり、大仰な政治/社会的コメントを回避していた。しかしザ・クラッシュとパブリック・エネミーを敬愛し、「新世代のパンク」としてのアシッドハウス〜レイヴ文化に触発された彼らは、民主制と連帯から成る解放区としてのロックの可能性を再提示した。そこから6年近く経過した95年当時のアメリカに、その気風やビジョンをそっくりそのまま輸出できたとは思わない。それでも彼らは自分たちの正論を決して疑わなかった。今なお鼓舞される無謀なまでのポジティビティの片鱗を、ぜひ本誌でお読みいただければと思います。(坂本麻里子)
ザ・ストーン・ローゼズの記事が掲載されているロッキング・オン6月号