ジュリアン新PVはなぜダサいのか

ジュリアン新PVはなぜダサいのか

ジュリアン・カサブランカス「11 Dimension」のクリップが到着。http://stereogum.com/archives/video/new_julian_casablancas_video__11th_dimension_106921.html#more怪しげな五重塔、場末のバー、やたらコードの散乱したスタジオなどなど、さまざまなシチュエーションで、ペリーみたいな扮装のジュリアン、タンクトップのジュリアン、肩パッドがビョーンと伸びたジュリアンなどが登場するこのビデオ。寸劇仕立てにもなっていて、ちょこっと演技もしているジュリアンなのだけど、まー、ことごとくダサい。というか、この曲の特徴であるあの空っぽな響きの「ひゃーひゃーひゃーひゃひゃひゃひゃひゃーひゃー」シンセがまたしょっぱい。プレミア・ライブを観たときには、「ストロークスでないもの」がテーマだと思っていたこのソロ・ワークも、こうした徹底した「スタイルの廃品回収」クリップを観ていると、ジュリアン・カサブランカスの一貫したアーティスト・アティチュードが立ち上ってくる。それは、まさに「スタイル」だ。ストロークスがロックのスタイルの相対化だったように、このソロはたとえば80年代フォーミュラの相対化である。相対化、というと、基本的な表現としては「パロディ」ということになるわけだけど、ストロークスもこのソロもそういう単純さには留まっていない。この80年代スタイルの陳列も、80年代がパロディ化されるときの常である笑ってやろうという意図ではなく、かといっても妄信的な再発見でもなく、すごく微妙なポイント、なのである。なにかそこの視点、ポジションこそが、逆にいまのわれわれの立っている位置を正確に示している。わたしたちの、このスタイルとフォーミュラに取り囲まれた表現世界の住人のリアルな温度。ストロークスやジュリアン・カサブランカスのアーティスト性と時代性とは、そのようなことなのかもと思う。
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