開演時刻になると、場内が暗転。幻想的な効果音が響くなか、ミシェル・ザウナーがランタンを手に静かに登場する。その演劇的でキュートな演出に、まだ一音も鳴らさぬうちから観客の歓声が沸き起こる。そして1曲目は、最新作のオープニングトラック“Here Is Someone”。アコースティックギターの温かくオーガニックな響きとホイッスルの柔らかな音色が溶け合うこの楽曲は、ミシェルが韓国への移住を機に抱いたバンドメンバーへの罪悪感を綴ったもの。繊細なメンタリティに触れつつ、今こうして皆がひとつの空間に集えていることへの感謝が滲み出た、幕開けにふさわしい一曲だった。
続く“Orlando In Love”は、現在のジャパニーズ・ブレックファストの芸術性を象徴するキートラック。演劇や神話からの豊かな引用で構築された歌詞に、後半で展開される壮麗なストリングスが重なり、その音像はまるで印象派の絵画のよう。風景を描くように音が流れ、観客を幻想的な世界へと誘っていった。3曲目“Honey Water”では、彼女のルーツとも言えるシューゲイザーサウンドが炸裂。ミシェルと、夫でありバンドのギタリストでもあるピーター・ブラッドリーによるギターアンサンブルは、まさに阿吽の呼吸。ノイズの中に潜む情感が前半のハイライトを形作った。
セットリストは主に最新作からの楽曲で構成されていたが、個人的に印象深かったのは、ミシェルがソロへ転向する前に所属していたバンド、リトル・ビッグ・リーグの楽曲“Boyish”が披露された瞬間。原曲はエモ/インディー色の強い、エネルギッシュな一曲だが、この日はチェンバロを加えたアレンジで披露され、ジャパニーズ・ブレックファストらしい繊細で洗練されたスタイルに生まれ変わっていた。
そしてアンコールを含めた中で、個人的なハイライトとなったのは“Men In Bars”。セットリスト中でも群を抜いてスローテンポなこの楽曲は、スライドギターによるカントリー的なテイストと、デュエットならではのミュージカル的演出が光る一曲。ロッキング・オン4月号のインタビューでミシェルは「まだ訪れていない出来事を想像して静かな悲しみに耽る……それがメランコリーという感情だと思う」と語っていたが、その“静かな悲しみ”が最も詩的に、そして生々しく表現された楽曲であった。ライブでもその世界観は揺るがず、ステージの左隅で男性パートを歌うドラマーと、会話を交わすように歌うミシェルの表情には深い憂いがにじんでいた。
ジャパニーズ・ブレックファストが今回の来日公演で魅せたのは、喪失と再生、そして静かな祈り。観客の胸に残る余韻は、まさに最新作が語る“メランコリー”の本質そのものだった。(北川裕也)