日経ライブレポート「フジロックフェスティバル ’19」

僕の今年のフジロックのハイライトはシーアのパフォーマンスだった。2日目のグリーンステージのトリとして彼女が登場した時、苗場は台風の影響による豪雨でかなり厳しい状況だった。しかし3万人を超える参加者がほとんど離脱することなくステージを見続けた光景は、何か宗教的な神々しさを感じさせるものだった。豪雨の中で70分間立って見るのは68歳の身には過酷ではあったが、その場を離れる気にはならなかった。

とてもユニークなライブだった。シーア本人はステージ後方の隅に立ち、不動の姿勢でひたすら歌い続けるのみ。真っ白なステージで展開されるのは、数人のダンサーによる演劇的なダンスやパフォーマンス。これまで誰もやったことのない、とても前衛的な演出である。しかもシーア本人はカツラによって顔はほとんど見えない。

そこだけ書くと難解でアート志向のパフォーマンスのようだが、実際はとてもエンターテインメント度の高い高揚感のあるステージだった。

もともと彼女の楽曲は大衆的なポップソングで、誰にでも受け入れられる広い間口を持っている。この日歌われたのも多くの大ヒットソング。分かりやすい歌詞と、つかみのあるメロディーを持つ曲ばかりだ。すごいのは、そうした楽曲がこうした演出で歌われると、深い音楽性と高い文学性が浮かび上がってくるところだ。ライブによって曲の正体がよりリアルに見えてくるのだ。ポップミュージックにおけるライブの革命ともいえる驚きのステージだった。

今年はジャネール・モネイやアン・マリーなどのポップ・アーティストのパワーが印象的だった。

7月26日~28日、新潟県・苗場スキー場。
(2019年8月16日日本経済新聞夕刊掲載)
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