日経ライブレポート「レディー・ガガ」

コンサートのハイライトは、中盤にピアノの弾き語りで歌われた“スピーチレス”というナンバーだった。愛する人を失ってしまう怖れから、まさに“スピーチレス”、喋る事ができなくなった少女の歌だ。レディー・ガガ自身、自分にとって一番大切な歌だと言っているが、僕も彼女を考える時に最も重要なナンバーだと思う。

切々と歌われるバラードでライヴだとよりリアルに彼女のこの曲に託した想いが伝わって来る。その想いは、生きるという事はとても多くの困難を伴う事だという事だ。彼女自身の実体験に基づくと思われるこのナンバーの重さは、表現者レディー・ガガの重さを象徴している。

挑発的なファッション、派手なメイク、ポップでエネルギーに満ちた楽曲、まさに成功を目的に巧みに作られた戦略のようにみえるが、実は全く逆なのだと思う。不器用で傷付き易い、言葉を失ってしまう孤独な少女が世界と向き合う時、彼女にとっての武器がそうしたものだったのだ。それがないと彼女は世界と闘えなかったのだと思う。結果、その武器は彼女に天文学的な富と成功をもたらすのだが、それは結果であって目的ではなかったはずだ。

まだアルバム2枚しか出していないキャリアの浅いアーティストが、アリーナ規模の会場で2時間のパフォーマンスを盛りあげるのはかなり難しい事だ。しかし彼女はまったくそんな事を感じさせない大エンターテインメントを観せてくれた。それはパフォーマーとしての能力の高さがあったからだ。しかし一番重要なのは、彼女が明確なメッセージを持った表現者であるという事だ。そのメッセージがステージにしっかりとしたストーリーを与えたのだと思う。

17日 横浜アリーナ

(2010年4月27日 日本経済新聞夕刊掲載)
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