日経ライブレポート「ルーファス・ウェインライト」

コンサートは2部構成になっていて、第1部に関しては拍手や歓声を上げることは一切しないで欲しいという要望がアーティスト・サイドから出されていた。果たしてどのようなものになるのか不安もあったが、そのメッセージにアーティストの気合いも感じられ期待も膨らんだ。

ステージにはピアノ一台だけ。暗転すると黒の衣装に身を包んだルーファスが登場。ゆっくりとピアノに向かって歩く。明らかに日本の舞踏に影響を受けたパフォーマンスだ。ステージにはアルバム・ジャケットも手掛けた映像作家ダグラス・ゴードンの映像が流される。僕は今年の2月に行われた日本を代表する舞踏家大野一雄に捧げられたアントニー・アンド・ザ・オーノズの公演を思い出していた。

第1部に歌われたのは最新作「オール・デイズ・アー・ナイツ:ソングス・フォー・ルル」からのナンバー。ピアノと歌だけによる作品で、歌のテーマの多くは家族、それも癌の闘病生活をおくる母親についてのものだ。その母親は今年の1月に亡くなっている。まさにこの日のパフォーマンスはその母親に捧げられたものといっていい。彼は歌う事によって母親を悼み、その死を受け入れようとしているのだ。拍手や歓声を拒否したのも、その思いを観客に共有してもらいたいという切実な彼の気持ちの表れなのだろう。ある意味、とても個人的な物語を強引に客に共有してもらおうという行為でもある。しかしそれが見事に普遍的な表現になっている。もともと非常にパーソナルなテーマを深く掘り下げる事によって多くの人に共感される世界を作り上げて来た、彼らしい重く深いパフォーマンスだった。第2部のポップな世界も楽しかった。

11月5日 JCBホール

(2010年10月20日 日本経済新聞夕刊掲載)
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