日経ライブレポート「矢沢永吉」

意外に思われる方が多いかもしれないが矢沢永吉は作詞をしない。その理由を今回のステージで「昔やってみて向いていないのが分かったから」と冗談を交えて話していた。少し倒錯した表現になるが、僕は矢沢永吉が作詞をしないのは、その必要がないからだと思っている。たくさんの作詞家がこれまで矢沢メロディーに言葉を付けてきたが、どの詞からも伝わるのは作詞家の言葉ではなくて、矢沢の言葉である。

どんな作詞家も矢沢の歌詞を書くときは矢沢になってしまうし、矢沢が歌えばその歌詞は矢沢の言葉になってしまうのだ。その矢沢マジックの集大成がデビュー40周年を記念するこのアニバーサリー・ライヴだった。キャリアを網羅する代表曲が次から次へと惜しげもなく歌われるステージを観ながら思ったのは、矢沢永吉の言葉の一貫性というか、世界観のブレなさである。

実は矢沢永吉は音楽スタイルに関しては何度か大きな変化を経てきたアーティストである。誰よりも早くコンピューターによる打ち込みをアレンジに導入し、その音世界を完璧にする為に海外レコーディングにも挑戦してきた。だからかなり洋楽的なサウンドになり日本の市場から遊離した作品を発表し続けたこともある。それでもファンが離れなかったのは矢沢が矢沢の言葉と世界観を変えなかったからだ。その世界観を支える肉体がしっかりと存在していたからだ。

この日、6万5千人のファンを前に62歳の矢沢は圧倒的な存在感と歌唱力で全く揺らぐことのない世界観、矢沢ワールドを展開してみせてくれた。世界観を支えるのは言葉と思想だ。その強さこそが矢沢永吉なのである。

1日、日産スタジアム
(2012年9月12日 日本経済新聞夕刊掲載)
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