このバンドは必ずビッグになる。わずか40分のパフォーマンスだったが、確信するには十分すぎる体験となったのが、インヘイラーの初来日公演だった。シングルを数枚リリースしたのみの新人バンドの初来日がソールドアウトするというのも凄いが、本国アイルランドやイギリスはもちろんのこと、4月から始まるUS単独ツアーもソールドアウト続出なので、彼らを取り巻くバズは世界同時進行で加熱しているということかもしれない。
何しろデビュー・アルバムの具体的な予定すら立っていない彼らだけに全10曲と簡潔なセットで、とりあえず現時点での持ち曲を全部やるといった感じだったのだろう。しかし、どの曲も既に驚くほど完成されていて、楽曲自体のクオリティはもちろんのこと、「これ以外の答えはない」と言わんばかりに真っ直ぐ打ち鳴らす彼らの演奏の説得力が凄まじいのだ。確かな演奏スキルと揺るぎないアティチュードを兼ね備えた彼らがやると、その場凌ぎのプレイは一瞬も生まれようがない。
楽曲の多くがミッドテンポで、その中でイライジャの声が熱を帯びながら力強くどこまでも伸びゆく様には、彼の父であるボノとU2の面影を見出さずにはいられなかったし、イライジャのボーカルはインヘイラーを次のステージに引き上げる大きな強みになるだろう。
でもその一方で、80年代のデペッシュ・モードから直系の血筋を感じる“Ice Cream Sundae”のようなシンセ・ポップから、マンチェのグルーヴを漲らせた“It Won't Always Be Like This”、ジョシュ(G)のミニマル&シャープなプレイが際立つ“There’s No Other Place”のポスト・パンクと(開演前のBGMがジョイ・ディヴィジョンやエコー&ザ・バニーメンだったりしたのも納得)、それぞれの曲にそれぞれ別の可能性の種が撒かれている点は、80年代のU2のストイックな求道感覚とは違うフットワークの軽さ、彼らZ世代がデフォルトで搭載しているフュージョン感覚だと思った。
全編にわたって若さが漲るリリカルで前のめりのパフォーマンスだ。しかし若さに振り回されるガレージ・パンク的なギター・ロックとは決定的に異なり、演奏が全くブレないのが本当にすごい。しかも彼らはまだまだ怒涛の成長期の只中で、今この瞬間の焦燥に身を焦がしながらも、その眼差しは遥か彼方を見据えているような、狭いライブ・ハウスに充満した熱気を、いきなりアリーナ・スケールの空間に放つような、伸び代しか感じさせないプレイなのだ。
全10曲だけに、アンコールは当然ない。演奏のインターバルも最小限で歓声や拍手を遮るように次の曲がとっとと始まるし、初々しさが炸裂したMCもこれまた簡潔で、とにかくひたすらインヘイラーの音楽だけ、バンドの本質だけで満たされた40分だった。最初にも書いたように、それは予感を確信に変えるには十分すぎる時間だった。会場の渋谷ストリーム・ホールは視界を遮るものもなければ後方の段差もない殺風景なほどシンプルな構造の箱で、そのシンプルさもまたインヘイラーの日本での記念すべき出発点として相応しかったのではないか。彼らはここから歴史を作っていくのだから。(粉川しの)
<Set List>
We Have To Move On
When I'm With You
A Night on the Floor
Ice Cream Sundae
Falling In
My King Will Be Kind
Cheer Up Baby
There's No Other Place
It Won't Always Be Like This
My Honest Face