未来に向けて鳴らされるべき音

アヴィーチー『ティム[デラックス・エディション]』
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ALBUM
アヴィーチー ティム[デラックス・エディション]

先月号のヘッドラインでお伝えしたように、故アヴィーチーの「新作」が彼の故国スウェーデンの建国記念日に出る。2018年4月20日に滞在先のオマーンで急逝したアヴィーチーは、その時、2015年の2枚目『ストーリーズ』以来のアルバムを制作中だった。そしてそれを、残された楽曲データや、アヴィーチー自身のメモ、メールなどをもとに、彼の長年の共作者クリストファー・フォーゲルマークとアルビン・ネドラーが完成させた。アルバム・タイトルはアヴィーチーの本名からとっている。

オープナーの“ピース・オブ・マインド”(心の平和)は長年のアヴィーチーの楽曲の共作者であるスウェーデンのソングライター・チーム、ヴァーガス&ラゴラをフィーチャー。生ギターやストリングスを取り入れたオーガニックでスピリチュアルな楽曲で、アヴィーチーのLAの自宅で作られた。ママス&パパスからレッチリまで、LAの音楽にインスパイアされながら、忙しく過密な人生で平和や孤独や静けさを求める心境を歌っているという。このアルバム全体の雰囲気を象徴する楽曲であり、オープナーにふさわしい。

“へヴン”は、コールドプレイのクリス・マーティンをフィーチャーしたドラマティックなダンス・トラック。これはダンテの『神曲』にインスパイアされたもので、2016年夏ごろにはほぼ完成していたようだ。“ハート・アポン・マイ・スリーヴ”はイマジン・ドラゴンズが参加した重厚なダンス・ナンバー。そして先行シングルとなった“SOS”は“ウェイク・ミー・アップ”でも参加していたアロー・ブラックをフィーチャー。クリストファーとアルビンが、残された楽曲のMIDIデータから、独特だったというアヴィーチーのピアノ奏法のクセまで再現している。苦悩と葛藤からの救いを求める悲痛な歌詞と、ポップな楽曲の対比が聴き所だ。

本作でポイントとなるのは“タフ・ラヴ”と“バッド・レピュテーション”、そして“フリーク”と思われる。“タフ・ラヴ”は、インド音楽を取り入れた意欲作だ。ボリウッド映画のサントラで使われそうなダンス曲を西洋風に上品にした感じで、ヴァーガス&ラゴラの片割れ、サレム・アル・ファキールの弾くバイオリンをフィーチャーしている。インド風だが、東欧あたりのエキゾティックなダンス・ミュージックの香りが感じ取れるのも面白い。クロージングの“フェイズ・アウェイ”も同様の曲。アヴィーチーはインド音楽を始め、様々なワールド・ミュージック、世界各地の民俗音楽に興味を持っていたようで、新作のサウンドにそういった要素を取り入れようとしていたという。“バッド・レピュテーション”はアフリカ音楽のリズム・アレンジやテンポ感を取り入れており、ジョー・ジャニアック(スウェーデンのシンガー・ソングライター)の伸びやかなボーカルは、セネガルのレジェンド歌手ユッスー・ンドゥールのようにも聴こえる。さらに“フリーク”はクリストファーとアルビンが書いた曲をアヴィーチーが再構成したものだが、間奏部分になんと坂本九“上を向いて歩こう”のメロディが登場する。たまたまYouTubeでこの曲を発見したアヴィーチーが気に入り、原曲の口笛の部分をキーを変えてサンプリングしたという。

つまり本作でアヴィーチーが目指していたのは、お決まりのダンス・ミュージックではない、これまでの自分の音楽を更新するような新しい世界だった。EDMのスーパースターという地位のもたらすプレッシャーに苦しみながらも、世界中のあらゆる音楽にアンテナを張って、新たな境地に到達しようとしていた。彼は確かに死んだ。だがその目は確かに未来を見据えていたと思えるのだ。

そこで鳴らされる音がどんなものだったのか。もっとも身近にいた協力者たちが、彼の脳内に浮かんでいたであろうビジョンを再現してみせたのが本作なのだが、それでもスーパースターだったアヴィーチーのイメージを損ねぬように、慎重に実験性と商業性、革新性と保守性のバランスをとったフシがある。もう少し大胆になっても良かった気はするが、しかし主役の死後に最後の作品を完成させるというタスクがどれほどのプレッシャーと苦労だったかは察するに余りある。クリストファーとアルビンは良い仕事をしたと思う。全12曲38分余とアヴィーチーの作品にしては短く、装飾もできるだけ抑えたシンプルな音。だが中身は濃い。

“ネヴァー・リーヴ・ミー”は、生前のアヴィーチーが最後に書いた曲だという。彼がオマーンに旅立つ前日にクリストファー、アルビンとLAで作った。この穏やかでポップなラブ・ソングに、死の予感などまったく感じられない。その音は、どこまでも澄んでいる。 (小野島大)



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ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』7月号に掲載中です。
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アヴィーチー ティム[デラックス・エディション] - 『rockin'on』2019年7月号『rockin'on』2019年7月号
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