心に光を運び込むアルバム

ウィルコ『オード・トゥ・ジョイ』
発売中
ALBUM

「歓喜の歌」と言えば師走を賑わすベートーヴェン第九の華やかさを連想するが、ウィルコ11作目のスタジオ・アルバムはタイトルと裏腹に実に繊細かつストイックな1枚。ジャケットを大きく占める空白を埋めるのは聴き手側、ということになる。

この音楽的な方向性は前作『シュミルコ』以降のジェフ・トゥイーディの足跡に依るところが大きいだろう。その3年の間に彼はソロ作を3枚(うち1枚は過去曲のアコギ・カバー)、そして自伝を出版と精力的に活動していた。ソロではベーシックなフォーク調を探求しており、回想録執筆は過去を振り返り検証するプロセスに繫がったはずだ。ジェフとグレン・コッチェ(ドラム/パーカッション)の2名によるデモ作りからスタートしたというやや変則的な本作の成り立ちからしても、ジェフは再びウィルコをシャッフルしようとしたのだと思う(『ヤンキー~』および『ゴースト~』期の変転への扉を開ける鍵として、ジェフとグレンとジム・オルークとのユニット:ルース・ファーがあったわけだし)。

結成から25年、現ラインナップが揃ってから数えても15年。『ザ・ホール・ラヴ』でひとつの完成形をみたとも言える安定感ある「ウィルコのロック」からの逸脱~解体の意思は、ソングライティングの簡素化とサウンドの凝縮の形をとって表れている。既発曲⑤も含むとはいえ楽曲の大半は行進曲や子守唄を思わせる訥々としたテンポと素朴なメロディのリフレインが基盤になっていて、動きや技巧性は抑え気味。パーカッションを前面に押し出した音作りにふと思い出したかのようにアコギや鍵盤、コーラスが軽い彩りを添え、ラップ・スティールやエレキを始めとする名手ネルス・クラインのプレイも蜘蛛の糸のごとくさりげない。ライブではギター3本(あるいはキーボード2台)編成になれるウィルコにとってこれは断捨離に他ならない。ゆえに耳を澄まして聴くことになるし、風にはためきながら夢見る旗のようなジェフの歌声が綴る細やかな情感、ミクロ/マクロに視点を変えつつ世界の今や生と死を見つめる実存的な歌詞の美、陰陽の見事なトータル・バランスがじわじわ開示されていく。④のタイトル「静かなアンプ」は一見矛盾した言葉だが、何もかもが加速し様々なノイズが絶え間なく私たちを翻弄する現代に、この作品はポジティブな静けさと愛・希望といった人間性の根本を誠実に歌うことでアンチを打ち出していると思う。我々はどこに向かうのか――足を止めて考えたい時に、闇に迷った時に、このアルバムは素晴らしい同伴者になるはずだ。 (坂本麻里子)



詳細はWarner Music Japanの公式サイトよりご確認ください。

ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』12月号に掲載中です。
ご購入はお近くの書店または以下のリンク先より。

『rockin'on』2019年12月号