ザ・フーは永遠に不滅である

ザ・フー『WHO』
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ALBUM
ザ・フー WHO

驚いた。こんな素晴らしい作品になるとは予想もしなかった。70代半ばに差し掛かった男たちの、13年ぶりの新作。あえて言葉を選ばずに言えば、昔大好きだったバンドの死に水をとるつもりで聴いたら、思いもかけぬ溌剌とした音にたじろいでいる。隅々までザ・フーらしいサインが記されながらも、ノスタルジーやお決まりのクリシェとは無縁な瑞々しいサウンド、張りのあるボーカル、充実した演奏。なにより楽曲がとても良く書けている。

ザ・フー通算12枚目のアルバム。前作『エンドレス・ワイヤー』(06年)は、その覇気のない演奏や歌、冴えない楽曲にひどくがっかりさせられたことをよく覚えている。そしてそのことを一番痛感していたのは、ほかならぬピート・タウンゼント自身だったのではないか。

ピートは盟友キース・ムーンの死(1978年)以来、ザ・フーへの興味と情熱をすっかり失ってしまったように見えた。本来であればそこで解散すべきだったバンドは、契約などもろもろのビジネスのしがらみで存続を余儀なくされ、キースの死後2枚のアルバムを残して1983年に解散する。最終作『イッツ・ハード』(1982年)は無残なアルバムだった。当時ロジャー・ダルトリーは「ピートは良い曲をソロに回してしまう」という意味のことを言ってピートを非難したという。ロジャーに指摘されるまでもなく、ピートの興味がソロ活動に移っているのは明らかだった。『エンプティ・グラス』(80年)、『チャイニーズ・アイズ』(82年)、『ホワイト・シティ』(85年)と傑作を連発し、ソロ・アーティストとしてのピートはこの時期ひとつのピークを迎えている。だが渾身の大作『サイコデリ
リクト』(93年)が商業的に惨敗に終わり、すっかり自信をなくしてしまった彼は、それ以降創作活動から遠ざかってしまう。それはザ・フーが本格活動再開した1996年以降も同様だった。それでもなんとか作り上げたザ・フーとしては24年ぶり、ピートのオリジナルとしても13年ぶりとなる『エンドレス・ワイヤー』が失敗作に終わったことは、ピートの創作へのモチベーションを失わせるには十分だったのでは、と憶測する。

本作収録曲11曲中9曲は2018年中に書かれたもの。デモの12曲がピートからロジャーの元に送られてきたのは寝耳に水のタイミングだったらしく、自分が歌うには難しいけど、ピートのソロならいいんじゃないかとロジャーが返事をしたところ、「これはザ・フーのデモなんだ!これはお前のために書いた曲なんだよ!」とピートは怒ったという。

ピートはもっとも身近にいたはずのロジャーでさえ気付かないほどひっそりと曲を書きためていた。そしてその曲は、『サイコデリリクト』以来出していない自らのソロ・アルバムではなく、ザ・フーのために、ロジャー・ダルトリーのために書かれなければならなかったのだ。

ピートは本作についてこう語っている。「テーマはなし、コンセプトはなし、ストーリーもなし、ただ私(と弟のサイモン)が、歌声を新たに蘇らせたロジャー・ダルトリーに刺激とやりがいと展望を与えようと書いた曲を集めた」。つまり本作でピートはどうしても表現したいテーマや表したいストーリーや具現化したいコンセプトがあったわけではない。ただ長年の盟友であり永遠のライバルでもあるロジャーのために、この素晴らしいボーカリストへの友情のために、これらの曲を書いたのである。そういえば最近ロジャーは、いずれは今のように歌えなくなると語り、実際ツアーが彼のノドの不調で延期になったりしている。自分のために曲は書けなくても、こいつのためなら書ける。それも、今書かねばならない。そう思ってピートは曲を書いた。そしてロジャーは、受け取った楽曲にいくつかの修正を加えた。ピートが自分の書いた曲に他人の手が加わるのを許すのは珍しいようだ。だがそうすることで楽曲は完全なものになった。“オール・ディス・ミュージック・マスト・フェイド”、“アイル・ビー・バック”あたりの歌詞は、ロジャーとピートの絆を表しているようで泣けてくる。

プロデュースはデイヴ・サーディ。ボーカル・プロダクションとしてデイヴ・エリンガがクレジットされているのは、ロジャーのボーカルを最良のコンディションで記録するためだろう。ドラムのザック・スターキー、ベースのピノ・パラディーノといったツアー・バンドの連中も、堅実にバックアップしている。

聴く前は、これが最後の作品になるんじゃないかと覚悟していた。だが何度も聴いた今は、この先もずっと彼らの音楽は鳴り止むことはない、と感じる。少なくともピートのモチベーションが消えぬ限り。そう確信できる最高のアルバムだ。 (小野島大)



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ザ・フー WHO - 『rockin'on』2020年1月号『rockin'on』2020年1月号
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