ピアノロックサウンドを軸に多様な音楽ジャンルを越境する7人組アイドルグループ・ゲンジブ。彼らが今回挑んだのは、梶井基次郎『蒼穹』/太宰治『走れメロス』/夏目漱石『こころ』/遠藤周作『沈黙』という名作にインスパイアされた4曲の物語を、自らの声によって立ち上げることだ。
久下真音やm-floの☆Taku Takahashiら多彩なクリエイターが文学をポップスへと翻案することで、物語に新たな「解釈」が生まれる。その楽曲を手にした7人は、時に自身の人生やグループの歩みを重ね合わせて解釈したり、時に聴き手に解釈を委ねたりしながら、「語り部」としてページをめくっていく。言わば多様な解釈がプリズムのように乱反射する作品が『文藝解体新書』(読み:ブンゲイカイタイマニュアル)なのだ。
そして、この4曲は聴き手である「あなた」に解釈されることで完成する。その解釈のための新書とも呼ぶべきこのインタビューで、奥深きゲンジブの物語へと誘いたい。
インタビュー=畑雄介 撮影=武井宏員
※杢代和人はスケジュールの都合により不在
──3月11日リリースの『文藝解体新書』、収録された4曲が日本文学の名著からインスパイアされながら春夏秋冬の情景が織り込まれているという、これまで以上にコンセプチュアルなEPに仕上がっていて。できあがっての手応えはいかがでしょうか?僕らはアイドルという職業で表ではこう見えているけど、その中にはそれぞれに1個1個の葛藤があるところが『蒼穹』と似ているのかもしれない(長野)
大倉空人 僕は文学を通っていない人生を過ごしてきたので、文学と季節と音楽の関連性が想像できなかったんですけど、「音楽に落とし込むとこういうふうになるんだ」って発見がありました。文学作品をしっかりリファレンスにしている楽曲もあれば、“Silence”のように、遠藤周作の『沈黙』を恋愛に置き換えた曲もあって、クリエイターの方々なりの味を感じましたね。
──今回の4曲がインスパイアされた作品──“ニヒリズムプリズム”の梶井基次郎『蒼穹』、“疾走”の太宰治『走れメロス』、“愛無常”の夏目漱石『こころ』、“Silence”の遠藤周作『沈黙』を読んでいたり、この機会を通して読んだ方はいます?
吉澤要人 『こころ』は読んだことがありました。作品のじとじとした感じがどう曲になるのかなと思ったら、“愛無常”はあの時代の文豪の作品を感じさせるおしゃれでどこかレトロな明るい曲に仕上がって。ただ、歌詞を読むと──僕はその時代の作家さんの湿度が高い文章が好きなんですけど、その感じがしっかり残されてて、『こころ』の登場人物の三角関係にある恋の感情の揺れが曲になって、すごく面白い曲に仕上がっていると思いましたね。
長野凌大 僕は梶井基次郎さんの『蒼穹』を読みました。“ニヒリズムプリズム”の作曲の久下さんと梶井さんの作品について話したんですけど──久下さんは梶井さんの作品にゲンジブイズムみたいなものを感じていて、ゲンジブの曲にも梶井さんの作品の読後感のようなものがあってほしいと言っていて。小学校の時に梶井さんの『檸檬』は読んだことがあったんですけど、久下さんの話を聞いてから10年ぶりに『檸檬』を読むと当時と全然違う感想を抱いたんですよね。で、『蒼穹』を読むと、久下さんの感想とも全然違ったりして──どう人生を歩んできたかによって、作品の捉え方が全然違うのがすごく面白かったですし、それはゲンジブの曲とも似てる部分があると感じました。
──梶井基次郎の読後感とゲンジブの曲に共通する部分とは、作品解釈が多面的であるという点ですかね?
長野 そうですね。あと、おこがましいですけど──梶井さんと自分たちの考え方が似てるというか。『蒼穹』では主人公が青い空を見て感じたことを頭の中でぐるぐる巡らせてるけど、物語の中の時間はほとんど経過していなくて第三者から見たら何も動かずに終わっているところが、ゲンジブの1曲1曲に似てると思ったんですよね。それはゲンジブが1個のテーマを深掘って曲を作っていることにも似ていますし、僕らはアイドルという職業で表ではこう見えているけど、その中にはそれぞれに1個1個の葛藤があるところが似ているのかもしれないなって。
武藤潤 『走れメロス』の“疾走”ですかね。「今は止まってる場合じゃない」と思えるような歌詞で、歌詞の中の「はしれ」の漢字も《疾(はし)レ!》になっていて、疾風の「疾」だから──早歩きじゃなくて、ガチのダッシュなんだなって思って(笑)。
長野 Bダッシュ、Bダッシュ(笑)。
大倉 疾走で早歩きだったらめっちゃおもろいね(笑)。
武藤 (笑)疾走感のある曲だから、僕だけじゃなく、グループとしても止まってる場合じゃないなと思いました。
──『走れメロス』がより普遍的な物語として仕上がっていますよね。これまで『走れメロス』を読んでいてメロスに感情移入することはなかったんですけど、“疾走”では《掴みたい今を描き奏でる》すべての人の応援歌になっていてグッときました。
大倉 わかります。小学校の時に読んだ『走れメロス』では「メロス頑張ってんな」くらいにしか思わなかったんですけど(笑)。さっき凌大が言っていた、「どう人生を歩んできたかによって、作品の捉え方が違う」という話でいうと──僕は小学校の時に水泳をやってたんですけど、基本的に個人競技だったんですよね。だから、『走れメロス』みたいに誰かのために何かをするみたいなことをしてこなかった人生で。でも、今メンバーのことをすごく大切に思える環境にいさせてもらって、「メンバーのために俺はこれをしなきゃいけない」と思うようになったことをこの曲を聴いて感じて、『走れメロス』に対する印象も変わりました。潤くんが言ったように、グループとして絶対に走らなきゃいけない状況ではあるなって、気づかされた部分があって。
──それぞれに作品と向き合い解釈を深めていく中で、それをどう「歌」に乗せていきましたか?歌には正解/不正解がないからこそ、自分の想像力を広げながらいろいろ実践できる、遊べる感覚があります(吉澤)
桜木雅哉 僕は、いい意味で言われたことをやる感覚で歌おうと思ったんですよね。この作品をリスナーの皆さんが聴くうえで、僕が解釈して歌っちゃうと自分の解釈をリスナーに問いかけることになっちゃうなと思ったんです。だから僕は作品に一切触れずに歌って、それを皆さんに解釈してもらったほうがいいんじゃないかと思って。
小泉光咲 僕は「文学」をテーマにした作品だからこそ、感情をしっかり出さないと伝わりにくいかなと思いました。“愛無常”で僕が歌う1サビと3サビは同じフレーズなんですけど、3サビでは気持ちの高ぶりを出すためにアクセントを強くして歌って。“疾走”では、メロが変わるごとに感情も変わってくる感じがして、それが『走れメロス』といういろんな感情が見えてくる作品らしいと思ったから、1個1個のメロに対して歌い方を変えました。
──「文学」をテーマにした曲を歌うということは、ある意味では「演技」とも近しい部分があると感じて。皆さんそれぞれに俳優としてのお仕事が増えている中で、演技の仕事がゲンジブの歌唱やパフォーマンスで活きてると感じることはありますか?
大倉 それでいうと、声優のお仕事って歌で「歌詞を伝えること」とすごく似てるんだなって感じたんですよね。アニメ『エグミレガシー』で初めて声優をやらせていただいた時に「自分がもしその世界にいたら」というドラマのような考え方でお芝居をしたんですけど、それを映像として観たら「違うな」と思って。で、別の機会で「歌詞を伝えるようにセリフを言ってみよう」と思ってやったら、自分の中でうまくいったんです。だから、個人的には歌は、お芝居より声のお仕事に近しいのかなと感じましたね。
吉澤 お芝居は台本の中からヒントを探しながら役を作っていく作業で、歌は歌詞を読み取ってどう表現するかという作業なので、通ずるところがあるなと思いますね。ただ、自分の感覚でいうと、歌のほうが自由だと思っていて──ゲンジブに関しては特に、いろんな解釈があっていいという曲を出しているので、そこに正解を見出さなくていいというか。歌には正解/不正解がないからこそ、自分の想像力を広げながらいろいろ実践できる、遊べる感覚があります。お芝居では、監督や脚本家の方が伝えたいことを体現するのが僕らの仕事であって、それをどう演じるかという楽しさはありますけど──どう捉えてもらうかはこっちが正解を持ってやらないといけないなと。お芝居も観てくれる方のいろんな解釈があるとは思うんですけど、演じるにおいては正解を持ってやらないと成立しなくなっちゃうところがあると思うんですよね。
小泉 俳優の仕事を経てわかったことなんですけど──自分が歌うパートの一文の中で、どこをいちばん伝えたいかがわかるようになりましたね。俳優の仕事で「何を伝えたいのか」を考えるようになったことで、歌でも「何を伝えたいのか」がしっかり見えてくるようになって、歌の感情がより見えてくるようになって。それによって、俳優の仕事で感情を見せることがよりできるようになってきたりもしました。