●セットリスト
01. グッドバイ
02. マッチとピーナッツ
03. 「聴きたかったダンスミュージック、リキッドルームに」
04. ユリイカ
05. ネイティブダンサー
06. ワンダーランド
07. 流線
08. 茶柱
09.ナイロンの糸
10. ボイル
11. 陽炎
12. モス
13. 夜の踊り子
14. アイデンティティ
15. 多分、風。
16. ルーキー
17. ミュージック
18. 新宝島
19. 忘れられないの
20. さよならはエモーション
中断となっていた全国ツアー「SAKANAQUARIUM 2020 “834.194 光”」は、残念ながら新型コロナウイルスの状況を鑑みて再開を断念・中止することがアナウンスされたけれども、この8月15日・16日には、サカナクションにとって初となるライブストリーミング公演「SAKANAQUARIUM 光 ONLINE」が開催された。どこかで触れたことがあるような、シャレの効いた公演タイトルも楽しい。15日はファンクラブNF member会員限定、16日は一般の視聴参加可という2日間である。総視聴者数(有料チケット購入者数)60,000人を記録したというこの公演の、16日のパフォーマンスを観た。
一流のアーティストやスタッフにとってさえ、ライブに失敗は付き物だ。ある意味、オーディエンスはそんなハプニングも込みでライブを楽しむようなところがある。インターネットを通して多くの人の目に触れる生配信となれば、アーティストやスタッフにとってその怖さは並々ならぬものがあるだろう。ところがTEAMサカナクションは、その「怖さ」にストイックに挑むような企画を練り上げてみせた。それは視聴参加者に数々の驚喜をもたらし、サカナクションも敢えて「怖さ」を楽しみ尽くそうとしているように見えた。その極めてチャレンジングな内容を、振り返ってみたい。
映像は、某所企業の敷地内から始まる。白い衣装に身を包んだ山口一郎(Vo・G)は、何気ない様子で敷地内を闊歩し、自販機で缶コーヒーを買ったりしているのだが、手元のスマホには我々の観ている配信映像と同じものが映っている。つまり、リアルタイムの映像なのだ。彼が倉庫の扉を開け建物内に入ろうとすると、内部からはすでに“グッドバイ”のイントロが聴こえている。メンバー4人の演奏に山口が合流し、《不確かな未来へ舵を切る》ライブが始まるのだった。サカナクションの名作ミュージックビデオの数々も手がけてきた、田中裕介による総合演出のライブストリーミング。初っ端から度肝を抜いてくれる。
背景もメンバーの衣装も純白で統一されているが、そこには照明や映像の演出が持ち込まれ、サイケデリックな視界の“マッチとピーナッツ”、都会的で洗練されたムードを育む“「聴きたかったダンスミュージック、リキッドルームに」”と、序盤はアルバム『834.194』収録曲がプレイされてゆく。バンドの高度な表現技術に支えられた、粋で洒脱なサウンドが素晴らしい一方、アクティブにアングルの切り替わるカメラワークが、躍動感と臨場感を助長する。編集済みのライブ映像作品を観ているような錯覚を覚えるが、これこそ映像チームの技術の確かさだろう。
演奏そのものがリリカルで、触れる者が感情を重ねてゆくための余白を残してゆくような、今のサカナクションの演奏は本当に素晴らしい。オレンジ色の照明に染まる“流線”や、ピアノのフレーズにぽっかりと歌声が浮かぶ“茶柱”は、個人的に前半のハイライトとなった。“ボイル”演奏時の映像は、5人の姿を真っ直ぐに捉えるプレーンなものだったが、ここで突如として背景が開くと、強い光が差し込み、壮麗なコーラスが持ち上がってゆく。
腰掛けた山口が、それぞれの視聴環境でライブを見つめる人々に向けて「今日は踊りましょう。夏フェスも無くなっちゃたし。ねえ!」と呼びかけた直後には、“陽炎”でヒートアップだ。なんと山口は、場末感漂う「スナックひかり」のセットに飛び込み、カメラ目線で熱いシャウティングボーカルをぶちかます。お客さん役の一人にキャスティングされていたのは古舘佑太郎で、「古舘、踊れるか!?」と誘う。続いて、レーザー演出のビンビン飛び交う“モス”では、チャット内に「マイノリティー!」と視聴者の声が溢れ返るのだった。最高だ。
踊り子を迎えた“夜の踊り子”以降は、もはや横綱相撲と呼ぶべき鉄壁のヒットパレードである。“多分、風。”では山口の衣装が風に翻り、メンバーが横一線のエレクトロニック編成で始まった“ミュージック”では、彼らの姿にリアルタイムで刺激的なビジュアルエフェクトが加えられてゆくRhizomatiksの演出も映える。ポリゴンの魚の群れが宙を泳ぐさまも幻想的だ。
「皆さん、楽しんでいただけたでしょうか。まだまだ普通にライブは出来ないですけど、またこういうふうに、楽しいことをしたいと思います。やっぱりワクワクすることがないと、面白くないですよね!」。山口はそんなふうに語っていた。このコロナ禍は、誰だって無条件に不安だし、しんどい。悲壮感を抱きながら日々、目の前のことに取り組むのも厳しいだろう。だからこそサカナクションは、率先して楽しもうとする。ワクワクしながら、ストイックに挑んでいる。そんな彼らの姿勢こそが今、最も大切なメッセージとして差し出されている気がした。
紙吹雪舞う“忘れられないの”を経て、最後はスタッフクレジット付きの“さよならはエモーション”。ここまでがきっちりリアルタイムの映像配信になっているのだから、凄すぎて笑いが込み上げてくる。なお、今回のライブ映像は8月23日(日)までアーカイブされ、視聴チケットの販売も行われているので、事情の許す方はぜひ、このTEAMサカナクションの驚くべき挑戦に触れてみて欲しい。(小池宏和)
※写真は8月15日、16日両日のものです