主だったところだけでも17年にショバリーダー・ワンのライブ盤発表およびツアー、パイプ・オルガン奏者ジェイムズ・マクヴィニーとのコラボを19年秋遂に公式音源化とビジーに動き続けてきた。バカテクな覆面バンドからモダン・クラシカル音楽の作曲まで幅広いその活動は神出鬼没ですらあるし、次はどんなぶっ飛んだプロジェクトに前進?と思っていた。しかしオリジナル新作としては5年ぶり、20年代最初の本盤はある意味彼が初心に戻った1枚だと思う。
その印象を強めるのは90年代初頭に使っていた古いアナログ機材をフィーチャーしたプロダクションで、サウンドとミックスが全体的にウォームに仕上がっている。どのアルバムも異なるアイデア/新たなメソッドの「実験場」という人なだけに自ら開発したソフトウェア内ですべて制作した前作の反動という面ももちろんあるだろう。しかし1曲目からバウンシーに転がり出すビートのキャッチーさとメロディックな魅力には『ビッグ・ローダー』の頃を彷彿させるいい意味で無防備な勢いがあり、前作の鋭角的な重厚さを鮮やかに引っくり返していく。十八番の目まぐるしく畳み掛ける緻密なビート・メイクも③④⑦他で健在なのでご安心を。耳は否応無くトリッピーなローラーコースター・ライドに引きずり込まれます。幽玄な美と不気味さを交互に醸すアンビエンスの上にキネティックな動きを載せる型のコンポジションが多いが、中でもテンション高く火花を散らす⑥はアンセミックなメロディ部も含めて本作の白眉だろう(オリジナルを凌ぐかもしれない出来の同曲リミックスが日本盤に追加収録されているのは嬉しい限り)。
シフト・チェンジの背景には旧友の死という悲しい体験があった。若きアマチュア時代に一緒に音楽を作りパーティやレイヴに出かける間柄だった親友への私的なトリビュートとして始まり発展していったこのアルバム、若々しい喜びに満ちた導入部からディープなトランス/バッド・トリップ感、そして目一杯踊り明かした後のカム・ダウンとでも言うべきムーディな⑤⑨が続く構成には92年頃のスクエアプッシャーのレイヴ原体験が反映されていそうだ――それでも音楽的には単なる「レイヴよ、もう一度」なノスタルジアではなく、あくまで現在の視点から構築されているのはさすが。音楽に私情を挟むのをよしとしないストイックな姿勢を保つ彼にしては珍しい1枚と言えるが、その中には熱い血と感情が流れている。スクエアプッシャー・ロゴをアレンジしたジャケットのイメージは、だから私の目にはハート・マークに見える。(坂本麻里子)
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