明日へと向かうサイケデリック

テーム・インパラ『THE SLOW RUSH』
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ALBUM
テーム・インパラ THE SLOW RUSH

前作『Currents』から約5年ぶりのニュー・アルバムだから、かなり時間がかかった作品であるのは確かだ。昨年春に2曲のシングル、“Patience”と“Borderline”を公開した後、アルバム・リリースの延期が告げられたこと、“Borderline”のシングル・バージョンを良しとせず、アルバム・テイクを後に録り直していることからも、本作が難産だったことがうかがえる。ただし、難産だったとは言え、ケヴィン・パーカーは内に籠って悶々と煮詰まった5年間を過ごしていたわけではないだろう。

昨年のテーム・インパラは、コーチェラ・フェスティバルでヘッドライナーを務め、現行オルタナティブ・ロック・シーンの極みに立った。一方、トラヴィス・スコットの『アストロワールド』やレディー・ガガの『ジョアン』といったメインストリームの話題作にプロデュース&コライトで名を連ね、カニエ・ウェストからケンドリック・ラマーまで、『Currents』以降も相変わらず錚々たる面子とのコラボを積極的に行ってきたケヴィンは、常にインプットとアウトプットを繰り返していたと言っていい。結果、紆余曲折を経てついに完成した本作は、彼のそんな対外活動も含めた経験の全てが血肉化されたグルーヴが宿り、前へ前へと突き進む推進力が漲った力作に仕上がっている。まさに5年待った甲斐のある、噛みごたえ、掘り甲斐のあるエピックなサイケデリック・アルバム、結果として彼らのサイケデリックの及ぶ範囲が一気に拡大している傑作なのだ。

今回もケヴィンのセルフ・プロデュース作である『The Slow Rush』を構成するサウンドの大枠は、R&Bのエレメンツを大胆に取り入れた前作の方向性を引き継いでいると言っていいだろう。特にアルバム前半から中盤にかけてはダンサブルなナンバーが続く。4つ打ちのバレアリックなハウスを聴かせるオープナーから、フィルターのかかったシンセ……いや、シンセに聴こえるギターかもしれないけれど、とにかくそのビンテージな音色が効いた70年代ディスコとAORのハイブリッド・チューンである2曲目、そしてファットなファンク・ベースと軽やか&スムースに滑っていくギターのアンサンブルが最高にチルな“Borderline”と、緩くチアーなグルーヴが途切れることなくうねり、うっとりするような恍惚の境地に向けて、じわじわと温度を上げていく。

そう、本作で特筆すべきは暖かな南洋の潮風が吹き抜けるような、オーガニックで開放的な音の鳴りだろう。『Lonerism』の彼らに顕著な、唸りを上げるヘヴィ・ベースと共にプログレ的に進化・構築されていったスペース・サイケや、『Innerspeaker』時代を彷彿させるディレイとファズをこれでもかと効かせたオージー・サイケの秘境感は、もちろん本作でも随所で表出する。しかし、本作ではそれらが宇宙の果てを夢想する現実逃避としてではなく、「明日」に向かっていくのだという、現実や日常に着地点を置いた明瞭なサイケデリックとして鳴っていると感じられるのだ。ちなみにオーガニックと言えば、本作はネオ・ソウルやソフト・ロックのスムースな鳴りの中でボサ・ノバやカリプソといったラテン・ポップのエッセンスが絶妙の隠し味になっている。その点において、ケヴィンがカリ・ウチスの『Isolation』(“Tomorrow”)に参加していたのを思い出す人もいるはずだ。

ケヴィン・パーカーは本作について、「収録曲のほとんどが“時の流れ”を表現している」と語っている。ノスタルジアを乗り越えていくことを歌う “Lost In Yesterday”などはまさにそういう曲だろうし、明日、昨日、1年、1時間とタイトルに「時」を含むものも多い。また、本作を繰り返し聴いていて感じるのは、唐突なリプライズやフェイドアウトと見せかけたフェイドインによって、明確な終わりと始まりが失われた連続性だ。つまり、本作で描かれる時の流れとは可逆的なものだということになる。いや、本作「も」と言うべきかもしれない。テーム・インパラは可逆的な時の流れによって曖昧になった過去と現在、未来の境界を、サイケデリックやドリーム・ポップと呼ばれるサウンドで表現していたバンドだったからだ。しかし、本作の彼らには、そんな可逆的な時の流れが生み出すメビウスの輪を突破しようとする意思、前述したように前へ前への推進力が宿っている点が新しいのだ。

《そろそろ現実を見つめよう》と、ケヴィン・パーカーは“It Might Be Time”で歌う。「昔と違って愉快なことじゃない」し、「かつてのような若さもない」けれど、現実を見つめようと。永遠に続くものなど何もないのだと認めることから、もう一度始めるんだと。『Innerspeaker』から10 年、なんと清々しい境地に達したのだろう。 (粉川しの)



詳細はCaroline Internationalの公式サイトよりご確認ください。

ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』3月号に掲載中です。
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テーム・インパラ THE SLOW RUSH - 『rockin'on』2020年3月号『rockin'on』2020年3月号
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