2作目の呪縛というものがある。デビューに至るまでの間にライブの場などで磨き上げた楽曲を使った1作目が成功すればするほど、次に用意される豪華な環境とそれに比例する曲作りへのプレッシャーに押し潰された結果、1作目に見劣りするものを残してしまうというあれである。
さて、2019年にあまりに鮮烈なデビュー作『シュラゲンハイム』をリリースし、本当に久方ぶりの盛り上がりを見せる英国のロック・シーンの顔役のひとつへと一気に躍り出たこのブラック・ミディはといえば。そのブレイクの後にメンタル面への不調からバンドの立ち上げメンバーだったマット・ケルヴィン(G/Vo)が活動を休止してしまうなど、次の一手が楽しみではあれど、正直に言って不安要素が無いわけではなかった。
しかし、結論から先に言ってしまうと、このバンドはまるっきり格が違った。ポスト・ロック〜エクスペリメンタル・ロックのアプローチを取り入れひたすらにサウンドの情報量を膨張させていった前作の楽曲は、即興演奏を多分に活かしたメンバー間のジャム・セッションにより構築されたものだったが、今作ではメンバー各自がロックダウン下において個別に曲を練り、それを持ち寄って楽曲を形にしていったという。
それだけを聞くと、前作の路線を踏襲したままでは限界に突き当たるためソング・オリエンテッドな方向に舵を切ったのだろうと想像してしまうところだが、実際には彼らはその逆へと爆走している。つまり、考え込まれたアイデアを曲毎に贅沢に詰め込み、練り上げ、前作以上に多様な方向にフリーキーに振り切れた怪物作を見事作り上げたのだ。
とりわけ大きく進化したのが、まず、ダンサブルなビート。アルバム後半の“Dethroned”や“Hogwash and Balderdash”といった楽曲に顕著だが、マグマやフランク・ザッパが最良のプログレを鳴らした時に宿るそれを彷彿とさせる、むせ返るような熱量を放出する超絶ファンキーなビートを獲得している。これは、いくらセンスや才能に秀でようが、血の滲む鍛錬無しに得られるものではない。また、時にニック・ケイヴばりにシアトリカルなロマンを匂わせるボーカルの成長も目を瞠るものがある。さらに、そうしたビートとボーカルの両方が究極の形で結晶化された、10分弱におよぶ大曲“Ascending Forth”でアルバムを締めくくる構成力も実に見事。
2作目の呪縛どころか、「わずか2作でこんな境地に辿り着く存在がいる」という事実を残したことで後進のバンドたちを呪いかねない、そうした次元の作品だ。ジョーディ・グリープ(Vo/G)は自分たちの創作姿勢をこう言葉にする。「俺たちは、今まで自分たちが聴いてきた音楽から学んだ教訓を組み合わせて、聴いていてとても面白く、全く新しいものを作るだけだ」。
ロックが時代の中でどう意味を変えていこうと、このどこまでも聡明で正しき姿勢を失わない限り、このバンドが作るロックは間違いなく我々に新鮮な驚きと興奮を与えてくれる。そんな予感、いや予感よりも確かな感覚に心を躍らされる、極上の傑作である。(長瀬昇)
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