“見つめていたい”しかり、“フレイム”しかり。flumpoolのバラードは、なぜこんなにもストレートに「名曲」として響くのだろう? 山村は、等身大の気持ちを吐き出すのではなく、丁寧に言葉を選びながら、繊細に綴る。そこには曲への敬意、また何よりも不特定多数の聴き手への敬意がある。痛みをともなうリアリティがありながらも、聴き手を選ばない端正さがあり、多くが自然と自らの物語と重ねることができるのだ。
《僕らは誰かを愛する事で 確かめてる/鼓動が叫んでる 此処にいると叫んでる》という歌詞は、物があふれた灰色の今を生きる、若い世代にとっての存在証明として、深く刺さる。(小松香里)