「俺の曲は、俺なんかよりも尊いものやねん」──バズマザーズ、4年ぶりのアルバム『普通中毒』と成長を語る

バズマザーズ

2011年に結成されたバズマザーズ。場末ポップバンドと名乗るその音楽は、鮮烈なギターサウンドが轟くロックを基調にフォークやオールディーズなど幅広い要素を抜群のテクニックとフィーリングでかき鳴らし、平成の阿久悠と自称する山田亮一(GUITAR & VOCAL)の歌詞には歌謡曲に通じる普遍性がある。人間の業や世の不条理に触れたちっぽけな人間が、それでも続く人生とどう向き合うか。彼らの歌には人を救い、心を燃やさせる確かな力があると思う。そんな魅力がよりシンプルに詰め込まれた渾身の最新アルバム『普通中毒』について、山田に訊いた。

インタビュー=秋摩竜太郎

バンドって楽しむためにやってるわけやん。そこに制約があるのは嫌やなと思った

――今回のアルバムはキャリアの中でも代表的なものになるのではと思いますが、山田さんとしてはどうでしょう?

「それは後からついてくるというか、周りのみんなが決めてくれることやと思うから。そうなったらいいですね」

――できた時の感触は?

「やっとまともなバンドになってきたっていう感じがありますね。今5年目なんですけど、やっぱ5年ぐらいかかるかという感じです」

――山田さんの根本的なスタイルはずっと変わってないですよね。ひと癖あるギターサウンドに勢いのある歌。その中でも今回は、より歌を大事にしている部分があるのかなと。

「自覚はないんですけどそういう側面もあるんでしょうね。実は俺、昔からギターを基調としてる人って思われがちなんですけど、歌を上手に歌えないのをギターでごまかしごまかしやってきたんです。ちっちゃい頃から歌を歌うことは大好きなんですね。今もそうなんですよ。別にギタリストだとは思ってないし、でもロックバンドってやっぱギターが要りますやんか。で、理想のギターサウンドっていうのはあって。誰かがそれを弾いてくれたらそれに越したことはない、でもそうじゃないから持ってるっていうだけに過ぎなくて」

――好きな歌の中でも、これまではある程度「自分のメロディはこう」という形があったと思うんです。でも今回はそこから外れて、乱暴に言ってしまうと普通にいい曲を自信を持って歌っている感じがあって。例えば“傑作のジョーク”や“ナイトクライヌードルベンダー”なんですが。何か心境の変化があったのでしょうか?

「もういいやって思ってもうてる部分はあるかもしれへん。こういうバンドやからこういう曲をとか。なんやろな――ベトナム料理屋行ったらさ、とりあえずなんでもパクチー入ってるやん? みたいな感じで、例えばフォークっぽいのをやりたい、ブルースをやりたいってなっても『パクチーは入れさしてもらいます』というか。バンドってそういう制約があるやんか。山田亮一でやってたらさ、ヒップホップをやってもいいわけやんか。だけどバズマザーズっていうものを名乗るなら違う。それは20代の頃、前にやってたバンドでもあったと思う。俺、吉田拓郎やボブ・ディランが大好きで、歌謡曲も大好きやし、ルーツはそこにあるけどやっぱパクチーはかけとかんとあかんやんかっていうとこがあって。バズマザーズがやる歌モノやから。でもそれをやめてん。もうパクチー入れんでええやんって」

――そう思えたのはどうしてですか?

「バンドって楽しむためにやってることで、曲も楽しむために作ってるわけやん。そこに制約があるのは嫌やなと思って。バズマザーズも楽しむためにやってるし、それはもちろん楽するってことじゃないで。一生懸命がんばりたいし、がんばったらがんばった分だけ楽しいやんか。壁が高いほど登った時気持ちいいやんか」

ある意味で自分の曲に対して過保護になったんかもしれへん

――バズマザーズを楽しみたいというのはきっとずっとそうですよね?

「本来ね、根本にあるのはそれやと思うで」

――その根本を素直に表現できるようになってきたということ?

「そうかもしれへん」

――それは年を重ねたからなんですかね?

「きっとそうやと思う。いまだにパクチーを入れる部分もあるけどね。それは悪い、縛りっていう意味だけじゃなくて……例えばカバーってあるやん?パンクバンドが歌謡曲をカバーする時に、パンクっぽいエッセンスを入れたら、確かにおもろいなっていうものが生まれるやんか。俺らが曲を作る時には2種類あって、バンドでセッションしながら作る曲と、俺が個人で作った歌。あなたがさっきピックアップしたのは個人で作ったほうで、それをバンドアレンジしようってなった時に、山田亮一ソロで作った曲をバズマザーズでカバーしてみましょうみたいな感覚があるのかも。それならちょっとパクチー入れたほうが、バズマザーズがやる意義が生まれるやんか」

――山田亮一ソロの部分は、これまであまり出さないようにしていた?

「俺もう30歳超えてて10代からバンドやってるんですね。だからバズマザーズの前まで振り返らせてもらうのであれば、それは往々にしてあったと思うし、確かに徐々に薄まってきたところはある気がしますね。前ハヌマーンってバンドをやってて、“アナーキー・イン・ザ・1K”ってフォークソングがあったんですよ。もとは弾き語りで歌ってた曲で、それをバンドでアレンジしたいと思った時に、こうしなきゃっていう縛りがすごいあった。なんでこんなシンプルな曲やのにいろいろ考えなあかんのやろって思ってたのをふと思い出して。
今はそういうことはなくて、例えば俺ライブでアコギを弾くわけじゃないんで、アコギ主体で作るのはダメなんじゃないですかみたいな。でも曲がアコギを求めてるんやったら与えてあげようよって。鍵盤を入れたほうがよくなるなら入れるべきやし。メロディがあったとして、俺はこんな歌詞を書いてやろうじゃなくて、こういう言葉をちょうだいって言われてる気がするんやんか。やっぱ作品は自分の子供だ、みたくよく言うやん? それは紋切り型なことやけど、やっぱそうやなって思うねん。ある意味で自分の曲に対して過保護になったんかもしれへん。
昔は厳しく『あかん、パクチーかける!』言うてたけど、今は鍵盤という毛布もかけてあげるし、アコギっていうおしゃぶりもあげるしみたいな感覚なんかもしれへん。俺っていう人間はめっちゃクズなんやけど、俺の曲は俺なんかよりも尊いものやねん。だから俺はバズマザーズってバンドをやってるからバズマザーズ風味にしなくちゃいけないってことはもう考えてなくて」

――よくわかります。“ナイトクライヌードルベンダー”なんてほぼコード3つしか使ってないですし。

「そう、3コードで作りたくなったんですよね。昔はいかにコードを使えるかやったけど、この曲はギターを始めたばかりのやつでも弾ける、そういう条件でやってみたかった。3コードで曲作れるかっていう勝負がしたくなったのかも。ほんまはテンションコードをもっと入れてもよかったんやけど。でも3コードの曲としては、自分の中では日本有数のものを作れたんじゃないかなって思ったりするんよね」

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