マドンナはいかにしてポップの女王であり続けてきたのか──その軌跡を追う!

誤解を恐れずに言えば、マドンナは歌だけで聴き手をねじ伏せるようなタイプのヴォーカリストではない。その出自であるダンス・パフォーマンス。衣装、メイク、MVやステージセットなどのヴィジュアル。巧みなイメージ戦略とキャラクター作り。アメリカのショウビジネスの伝統の土壌。話題を絶やさない不断の努力。セックス、宗教、フェミニズムなどあらゆるタブーや規範を剥ぎ取り打ち壊して人間の本質に迫ろうとする姿勢など、さまざまな要素がマドンナを形作っている。いわば彼女という存在がアメリカのポップ・カルチャーそのものなのだ。

最新アルバム『レベル・ハート』の出来はまたしても極上だ。全19曲(プラス・ボーナス・トラック1曲)はリード曲の"Living For Love"をはじめおしなべてクオリティが高く、曲調もバラエティに富む。すべての曲に明確な役割があり、全体としてストーリーを形作っている。

タイトルはマドンナの反抗的で挑戦的な性格とロマンティックな性格の両面を表している。アルバムは失恋の痛手からひとりの女性が立ち直っていくプロセスを描いたもののようで、いつになくメランコリックでもの悲しいメロディが際立つ。クライマックスのストリングス・オーケストラを配したバラード"Messiah"は感動的であり、さながら一編の映画のようである。

マドンナがこれまで辿ってきた波瀾万丈の物語をアルバムに展開したようなドラマティックな作品。彼女はいかにポップの絶対女王として君臨し続けたのか──その秘密を10のキーワードで解き明かしてみよう。

(文=小野島大)

世界No.1のポップ・アイコンの証明

"Like A Virgin" (1984)

マドンナは「世界で最も売れた女性アーティスト」としてギネス記録を保持しており、米タイム誌の「過去1世紀で最も影響力を持つ25人の女性」の一人にも選ばれている。全米シングル・チャートTOP10獲得数は歴代最多の38曲。全米アルバムチャートNo.1獲得数は女性ソロアーティスト歴代2位の8作を数える。1982年のデビュー以来現在まで一度も第一線から脱落することなく、エンタテイメント・ビジネスの頂点に君臨しつづけている。どの角度から見てもマドンナがアメリカン・ポップ・カルチャー史上最高の女性アーティストのひとりであることは疑う余地がない。

彼女が単なるアイドル/ポップ・シンガーであることを超えた文化的アイコンとなるきっかけが、"Like A Virgin"だ。初の全米シングル・チャート1位(6週連続)を記録したこの曲は、世界中で<マドンナ現象>を巻き起こし、マドンナに憧れるウォナビーズと言われる無数の少女たちを生んだ。彼女の登場は間違いなく80年代以降の女性ポップ・シンガーの流れを変え、女性の生き方を変え、社会のあり方さえも変えたのだった。

新しいフェミニズムの提示

"Express Yourself" (1989)

若くセクシーな女性がヒラヒラの下着ファッションであけすけなセックス礼賛歌をうたう。腰のベルトには「BOY TOY(男の子のおもちゃ)」の文字がある。マドンナの登場は、女性の地位向上を目指していた頭の固い旧来のフェミニストたちに「女性の意識を20年後退させた」と嘆かせた。

しかしマドンナが体現していたのは、女性の地位向上は女性らしさを捨て男性化することではなく、女性の美しさに誇りを持ち、ためらうことなく自分を主張し表現することだという考えだった。その主張に応え、一歩下がって男の影に隠れていた女性たちは大胆に自己を表現し始めた。その決定的な宣言となったのが「あなた自身をさらけ出すのよ」と歌われるこの曲だ。デヴィッド・フィンチャーが監督するMVでは、マッチョな男性原理が支配する抑圧的な社会に閉じ込められているマドンナが大胆に自己を解放するドラマが演じられた。同時に、物質主義と拝金主義にまみれた欲望の権化と思われていたマドンナが、資本家や支配層ではなく労働者やマイノリティの側にあることを宣したのである。

ダンス・カルチャーとポップ・ミュージックの融合

"Vogue" (1990)

ちょうどザ・ローリング・ストーンズが、黒人音楽の最新流行を取り入れながら自らの表現を更新していったように、マドンナはダンス・ミュージックのそのつどの最突端の動きを参照し、そのエッセンスを取り入れることで、ポップ・ミュージックの第一線に居続けている。"True Blue"、"Like A Prayer"のリミックスを手がけたニューヨークのDJ、シェップ・ペティボーンがプロデュースを手がけたこの曲は、ニューヨークのハウス・ミュージックの動きを極上のポップ・ミュージックに昇華し、さらに当時クラブで流行していたダンス・スタイル「ヴォーギング」を取り入れて、世界的大ヒットとなった。これでマドンナの信頼を得たペティボーンはアルバム『エロティカ』(1992)を全面プロデュースする。彼女が下積み時代を過ごしたニューヨークのディスコ・シーンが、黒人やヒスパニックのゲイたちに支えられ、のちにハウスやテクノを生み出したことは歴史的事実だが、そうした抑圧されたマイノリティとアンダーグラウンド・カルチャーへの共感と賞賛こそが、ショウビズ界のトップ・ランナーであるマドンナを支え続けているのである。デヴィッド・フィンチャーが監督したクールでスタイリッシュなMVも極上の出来。

人種も宗教も超越した表現者

"Like A Prayer" (1989)

マドンナはあらゆる表現の禁忌を突破する。全米中の物議を醸したこのMVこそが証明だ。肌もあらわな衣装で燃え盛る十字架の前で歌い、黒人聖像に救いを求めたマドンナが祭壇で交情し、黒人教会で歓喜のゴスペル・クワイヤーと共に歌い踊るという内容は、白人女性であるマドンナが宗教的な救いを黒人から受けること、祭壇でセックスするシーンなどが不敬であり神への冒涜だと、カトリック系の宗教団体から激しい非難を受け、彼女がCM出演していたペプシコーラの不買運動にまで発展した。単なる使い捨てのポップ・ソングであることを超え、人種差別問題、倫理・道徳のあり方、宗教・信仰とは何かまで踏み込んだマドンナは、アメリカ社会に頑迷に存在するさまざまな禁忌を解体することで、真に自由で解放された表現が可能なのだと宣したのである。現在でもマドンナを代表する名曲としての評価は揺るがず、ライヴではハイライトとして必ず演奏される。

性表現の過激な実践者

"Justify My Love" (1990)

マドンナにとって最初期からもっとも重要な表現モチーフは「セックス」だった。性表現もしくは性的表現はアメリカのエンターテインメントに於いて欠かせぬものとして、男女問わず伝統芸として蓄積されてきたが、マドンナこそはその正統な、そして過激な継承者である。レニー・クラヴィッツを共作者に迎えたこの曲は"Vogue"の大ヒットを受けた快楽主義的ハウス・トラックだが、プリンスやデヴィッド・ボウイを手がけた大御所ジャン=バプティスト・モンディーノ監督によるMVが凄すぎる。名も知れぬホテルに迷い込んだマドンナが、性別を問わぬさまざまな人物と快楽をむさぼるという過激なもので、同性愛、フェティッシュ、ボンデージ、乱交などが赤裸々に描かれMTV史上初の放送禁止となった。この後マドンナは私生活まで開陳した赤裸々なドキュメンタリー映画『イン・ベッド・ウィズ・マドンナ』の公開、ヌード写真集『SEX』の刊行、そしてアルバム『エロティカ』のリリースと、発情期さながらに突っ走る。90年の来日ライヴに於けるあからさまに性行為を模した動きには度肝を抜かれた。そしてこの人の偉大さは、50歳を超えた今も、そうした自らの体を張ったセックス表現にためらいがなく、それに堪えうる肉体の美しさを死守していることだ。

ミュージック・ビデオの可能性

"Frozen" (1998)

凝りに凝ったミュージック・ビデオ(MV)もマドンナの魅力のひとつ。新鋭・ベテランを問わず気鋭のディレクターを起用、必ず目を惹きつけずにはいられないアイディアが盛り込まれたMVの数々は、マドンナというアーティストの多面的な才能を凝縮しており、ある意味でアルバム以上にマドンナの本質を物語っている。

ここに紹介する"Frozen"は、マドンナにしては珍しく内省的でダークなムードに包まれたMVで、監督はビョークやエイフェックス・ツインで名を挙げた鬼才クリス・カニンガム。モノクロームの沈んだ画面と、ウィリアム・オービットのプロデュースによるどこか東洋的で退廃的なムードのエレクトロニカは、マドンナの違うスピリチュアルな側面を引き出している。

身体表現への執着

"Hung Up" (2005)

デビュー以来、音楽だけでなくヴィジュアル、映像、ステージセットなどあらゆるメディアを駆使しての総合ポップ・アートを推進してきたマドンナだが、その中核にあるのは、彼女自身の鍛え抜かれた肉体を駆使しての身体表現であることを如実に示しているのがこのMVだ。人気のないスタジオでひとりレオタード姿でダンスの練習に励むマドンナの姿は、幼い頃からバレエやモダンダンスを習い、ニューヨークのダウンタウンでの下積み時代はダンサーとして活動していた自分の原点はここにあるという確認であり、街角で踊るさまざまなダンサーたちの姿は、自分の出自はあくまでもストリートなのだという宣言である。欲しいものはなんでも手に入るセレブリティが、望んでも得られないものが躍動する若い肉体であり、それが自分のアイデンティティと知るからこそ、彼女は節制とトレーニングを欠かさない。そしてあらゆるものを手に入れてなお満たされないハングリーさが彼女を支えているのである。

常にコントラヴァーシャルな表現者たろうとする姿勢

"Papa Don't Preach" (1986)

デビュー以来、社会の常識やモラルに異議を唱えるような新たな価値観と美意識を提示して物議を醸してきたのがマドンナだ。それは単なるスキャンダリズムではなく、常に新しい形の女性の自立というテーマを内包していた。この曲は親からの自立、男性からの自立、そして保守的な社会からの自立を描いた問題作だ。当時アメリカで問題になっていた未婚のティーンエイジャーの妊娠について書かれたこの曲は、さまざまな社会的・政治的なレベルでの論争を呼んだ。未婚の出産を奨励しているともとられかねない楽曲だが、後にマドンナ自身によって、周りに左右されず自分自身の考えで人生の決断を下すことの重要性を歌った曲だと説明されている。だがそんな真っ当なテーマを、常に賛否両論を巻き起こすようなラジカルな形で問題提起するのが、マドンナのクレバーさだ。そしてこの曲を含む3作目『トゥルー・ブルー』が世界28カ国のチャート1位となり、マドンナは別格のアーティストとしての道を歩み始める。

若手との積極的なコラボレーション

"4 Minutes" (2008)

マドンナは常にその時代ごとの若い才能と組むことで、自らの表現を更新しフレッシュにキープし続けており、そういう目利きと起用の大胆さは際だっている。しかもただ先鋭的なだけでなく、自らのポップ・ミュージックの文脈に応用できそうなフレキシブルな才能をフックアップすることに長けている。そこにあるのは最新・最前衛ではなく、流行の半歩先を行こうとするポップの女王としての嗅覚とセンスだ。最近の例で言えば、ティンバランドとジャスティン・ティンバーレイクをフィーチャーしたこの曲だろう。売れっ子ふたりをフィーチャーしての変則ヒップホップで自らの戦闘的な攻めの姿勢をたっぷり見せながら、大股開きの誘惑的なポーズを忘れない。どんなにポップで下世話なぐらい歌謡性の強いメロディでも、親の仇のようにボトムを歪ませる。当時50歳のマドンナが27歳のティンバーレイクと互角のダンスを披露するMVもかっこよすぎる。

変化し続ける挑戦者

"Living For Love" (2015)

グラミー賞授賞式での新曲"Living For Love"のパフォーマンスは圧巻だった。当年とって57歳とは思えない完璧な肢体をしなやかにくねらせ、異形のダンサーたちと繰り広げた5分間のドラマ。出席していたテイラー・スウィフトら会場中を総立ちの興奮に叩き込む手際は、マドンナが百戦錬磨のエンタテイナーであると同時に、依然として攻撃的で冒険的なチャレンジャーであることを示したと言える。

"Like A Prayer"を思わせるゴスペル風のクワイヤーをフィーチャーしたソウルフルな曲で、ここでも歌われるのは失恋の痛手から立ち直ろうとする女性の姿。「愛のために生きる」の「愛」は「神の愛」であることもほのめかされるが、MVで闘牛士よろしく男どもを叩き伏せる女王様ぶりは、震えるほどかっこいい。かつてなくメランコリックでドラマティックなストーリーで構成されたアルバム『レベル・ハート』のリリースは、もうすぐだ。

提供:ユニバーサル ミュージック

企画・制作:RO69編集部

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