価値観や観念がぶっ壊される衝動。THE BLUE HEARTSの音にはそれがあった。音も歌詞もシンプルなのに、真っ直ぐに胸を突き刺すメッセージ性を放つ「歌」。脳髄が痺れるようなパンクロックは唯々かっこよかった。1985年に結成、1995年に解散。その10年の間に、彼らが日本のロックシーンに与えた影響は計り知れないものがある。2月4日にリリースされたメモリアル盤とともに、THE BLUE HEARTSという伝説のバンドの本質を、この特集から感じ取ってほしい。 まずはトリビュート盤に参加したTHE STARBEMSの日高央が、現在でもまったく色褪せない彼らの「歌」の魅力を目撃者の視点から語ってくれた「index 1」。そして「index 2」では、自主制作盤からラストアルバム『PAN』までを網羅したCD2枚とトリビュート盤のロングレヴューを展開。1980年代にTHE BLUE HEARTSのインパルスに触れた少年の、リアルな感動と興奮が伝わってくるだろう。今、最前線で活躍しているバンドマンだけでなく、ロックを愛するリスナーたちに、THE BLUE HEARTSはどんな影響を与えたのか――。パンクロックの真髄に触れられる、必読の一大特集だ!

結成30周年を迎えたTHE BLUE HEARTS。今回30周年を記念したメモリアル・アルバムとして、人気楽曲を中心としたオールタイム・ベスト盤と、全8アーティストによるトリビュート盤がリリースされることとなった。このトリビュート盤のラインナップが面白く、奥田民生やTHE STARBEMS、銀杏BOYZから、若手ではグッドモーニングアメリカ、そして若旦那(湘南乃風)に、TOSHI-LOW(BRAHMAN)と細美武士(the HIATUS)によるスペシャルユニットthe LOW-ATUS(音源収録は今作が初)に、シンガー・ソングライターのアン・サリー、演歌界から八代亜紀という、一同に会すことはないだろう面々が揃っている。それぞれのカヴァー曲は、じっくりとみなさんに聴いてもらうこととして、今回はTHE STARBEMSの日高央(Vo)にTHE BLUE HEARTSというバンドについて語ってもらった。洋楽育ちであり、これまでの経歴とTHE BLUE HEARTSとがなかなか結びつかないと思っていたが、ど真ん中世代ならではの当時の熱量と、ヒネクレたロック・キッズだった日高ならではの批評性とで、バンド・THE BLUE HEARTSを解き明かしている。

インタヴュー:吉羽さおり 撮影(インタヴューショット):石井彩子

当時、俺たちの同級生とかは「ヤなことあった時に、ヒロトさんはどうするか教えてほしい」ってすごい言ってて。でも俺はその答えは歌の中に書いてあるじゃんって思ってた

――日高さんは世代的に、THE BLUE HEARTSはど真ん中ですかね。

「ドンズバですよ。すげえライヴ観たし。ただ、影響を受けてないっていうだけですよね、そんなに(笑)。大好きなんですけど、影響は受けていないっていう」

――そうなんですよね。これまでの音楽とはシンクロしていないので、どういうスタンスなのかなと思っていたんですが(笑)。

「大好きなんですよ。ビートルズでいうジョン派・ポール派ってことで、ヒロト派かマーシー派でいうと、どっちかと言えばマーシー派です」

――それが今回のカヴァーも“チェインギャング”(真島昌利作詞・作曲)なんですね。では当時から、THE BLUE HEARTSのコピーもしたり。

「してましたね。1st、2ndは全曲弾けるんじゃないですかね。アルバムも全部持ってましたし。だから、不思議ですよね。好きだけど、影響を受けてないっていうのが。なんていうか、自分でやるとこうならないっていうのかな。THE BLUE HEARTSって結構、わざとやっているじゃないですか。当時THE COLLECTORSとかも好きだったから所謂ネオ・モッズ・シーンみたいなところは把握していたので、ヒロトさんの前身バンドのザ・コーツも知っているんですけど。こうくるんだ?と思って。多分、当時のネオ・モッズ・シーンにいた人たちからは、反感も買ったと思うんですよね。でも、その反感も覚悟というか。もし俺がTHE BLUE HEARTSから影響を受けている部分といえば、そうやって反感を買う感じですよね(笑)。わざと嫌がることをしたいみたいな。ヒロトさんの天邪鬼感というか、きれいに期待を裏切っていく感は影響を受けているかもしれないですね」

――そうですね(笑)。この当時テレビでも音楽番組が多くて、結構THE BLUE HEARTSも出ていたなあと記憶しているんですよね。出ていながら、いろんなことを巻き起こしていたなと、10代の頃は観ていた覚えがありますね。

「逆によく出ていましたよね。だから、言いたいことはあるんだなっていうのは当時から思ってましたね。俺、THE BLUE HEARTSがいちばん偉いなと思うのは、インタヴューで大事なことを一切言わないっていうことで」

――今もそういうところは変わりませんね(笑)。

「ね。そのスタンスは今も変わってないし、音聴いてくれってことの裏返しだと思うので。テレビも然りで、大事な説明は一切しないで余計なことだけ重ねていくっていうのは、音楽以外にそんなに重きを置いていないんだっていう宣言のような気はしている。そこは影響を受けていますね。音楽以外は基本どうでもいいっちゃどうでもいいので。ただヒロトさんと俺が真逆なのは、どうでもいいところをちゃんと喋っちゃうところで(笑)。発想としては一緒だと思いたいですね」

――10代の日高さんとしては、いちばんのTHE BLUE HEARTSの面白さっていうのはどういうところだったんでしょう。

「結構、下ネタも多かったんですよね、ヒロトさんすぐ脱いでたし」

――そうですね、テレビでも脱いでたの観たことがあるかもしれない(笑)。

「ライヴでは言わずもがなで。俺が観た時で面白かったのは、最前列のお客さんのキャップをとって、そこに全裸でしょんべんして。それをどうするんだってみんな固唾を飲んで観てたら、最後に自分でかぶったんですよ」

――ええ! すごい。

「傷つけようとするけど傷つけてないみたいな、そのスレスレ感がすげえなと思って。それをお客さんにかぶせちゃうとお客さん怒るかもしれないし、ファンだから別に嬉しいのかもしれないけど、変態プレイみたいじゃないですか。自分でかぶればたしかにね、みんな納得がいくっていうか。ハッピーな空気がそのまま続いていったから。それも、100人、200人のライヴハウスじゃなく1000人クラスの会場だった気がするんですよね」

――破天荒ですね。

「破天荒だけど処理がすごくうまいと思って。ヒロトさんのなかにはちゃんと最初からゴールがあるんだなっていうのは観て思った。別に、怒りで誰かを殴ろうとか、その日の怒りをぶちまけようというのは一切なくて。ただただいいライヴがしたいっていうゴールがヒロトさんにあったとしたら、その途中のプロセスはそのゴールに向かって行われているんだなっていうのは、幼心に感じましたよね。この人、思いつきじゃないんだっていうか」

――全然危ない人じゃないっていう。

「むしろいい人っていうのはすごい感じましたよね。だから当時THE BLUE HEARTSを好きだった俺たちの同級生が、「イヤなことがあった時にヒロトさんはどうするか教えてほしい」ってすごい言っていて。でも答えは歌のなかに書いてあるじゃんって思ってた。ただやっぱり、説明を求めるお客さんもすごくいるじゃないですか。とくにTHE BLUE HEARTSみたいにでかくなっちゃうとね、説明的なことを求めちゃうファンもいるし。ファンじゃなくてもマスコミも説明を求めてくるだろうから。それでヒロトさんものらりくらりしていたんでしょうけど。そこは当時、見ていて気の毒でしたよね。そこまで説明したら、バンドやる必要ないじゃんみたいな」

――バンドはとくにある種の代弁者になってしまうところはありますね。

「逆に俺は、その頃は洋楽が好きだったので、音楽的な影響を受けてないぶん冷静に見れたというか。スティッフ・リトル・フィンガーズとかバズコックスを日本語に翻訳するとこうだよねって思いながら聴いていたんですよ」

――そういう聴き方ですか(笑)。

「セックス・ピストルズやダムド、クラッシュじゃないんですよね。もちろんそういうのも好きでしょうけど。狙いは、「UKインディの初期パンクみたいなのを日本語にしたらこうやないのかあ、みんなぁ」ってヒロトさんは言いながらやってる気がしたというかね。バズコックスの“Ever Fallen In Love”が“リンダ リンダ”やないのかみたいなことを言ってるなと思ったんですよね。それは、当時衝撃でしたよね」

――なかなかそういう系譜で聴いている10代もいないと思いますけどね。

「そうですね。俺らの時はまだギリギリ、ピストルズとかの影響力がでかかったので」

――ええ、そういう直情的なパンクのイメージのほうがより近かったかもしれませんね。

「GOING STEADYはそこをわりと正しく理解していたんですよね。GOING STEADYってバズコックスのEPの名前の一部だし。リスナーに届く時にどんどん簡略化されていってしまう哀しみはありますよね。もちろん元ネタをいちいち説明するのもよくないし、それが音で伝わらないと意味がないんだろうし。とはいえ、そのセンスをわかってほしくてやってる部分もあったりするわけで。そういう問題を最初に叩きつけてきたのは、俺はTHE BLUE HEARTSだった。有頂天とかザ・ウィラードとかラフィンノーズは、好きな人が周りにいたし、悪く言っちゃえばイエスマンなお客さんだから、否定的なことが言えない空気で。でもヒロトさんとかは、デッド・ケネディーズ初期じゃないけどお客さんにヤジられながら、ちゃんとこういう歌を歌ってた。それはすごいなと思いましたよね。UK、USのトゲトゲしいパンクを日本語に翻訳してやってるなっていうのをますます思ったというか。それが通じなくなってから、脱いだ気がすごいしますよね。最初の頃はそんなに脱いでいた印象ないので」

――どこかフラストレーションの表れというか?

「なのかな。だけど、おしっこしても自分でかぶるから(笑)。そのストレスを相手にぶつけないのは大人だなと思いましたしね。ガキっぽいロックって思ってる感違いしたおじさんとかいっぱいいると思うんですけど、真逆ですからね。そんなおじさんとかおじいさんの聴いてる音楽のほうが、ガキっぽいですからね、世の中って(笑)。そういう意味では画期的だったと思います。そういう意味もあって、今回“チェインギャング”がいいかなと思いました。歌詞がすごく難しいし」

――すべて踏まえたうえでの選曲だったんですね。

「まあ、マーシー派だったので(笑)。マーシーさんの曲が好きというかね。マーシーさんって、すごく不思議なギタリストだしね。ほとんどソロを弾かない、でもリード&リズムギタリストというか。あまりギタリスト然としていない感じがいいんですよね。『ギター・マガジン』の表紙に載るタイプのギタリストじゃないっていうのが、逆にそれが俺はミュージシャンっぽいなって思うんですよね。ロックンローラーだなっていうか」

――でもスタイルはありますからね。

「そう、ジョニー・サンダースっぽいというかね。ジョニサンの日本語に翻訳している感じは、すごいしますよね。ただミリオン売れたなかの一体何人が、ジョニサンまで辿りつくかがそこがTHE BLUE HEARTSの不幸だったなと思う。でも、こうして正しく辿り着いたキッズもいるので、安心してほしいですけど(笑)」

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