吉澤嘉代子、「10」の妄想で紡ぐ物語――初期三部作の集大成『屋根裏獣』に迫る(2)

「私、この人とこのまま地獄の釜の底に行ってもいいかもしれない」と思って(笑)

――以前Twitterでも書いてらっしゃいましたけど、もともとはタクシーの運転手さんの「ANAだと」と「あなたと」を聞き間違えたところから始まったそうですね。

「ああ、そうなんです(笑)。福岡の空港に向かっている時に、タクシーの運転手さんに『あなたと一番奥まで行って戻ってくる覚悟ですけど、いいですか?』って言われて、『ええっ、この人何言ってるんだろう?』と思って(笑)。でも、私だけじゃなくてスタッフも乗っていて、スタッフの方が『ああ、いいですよ』って答えてて。後から聞いたら、『いや、「あなたと~」じゃなくて「ANAだと~」だよ』って言われて、ああそうだったんだと思ったんですけど……うつらうつらしてる時にそれを運転手さんから聞いたので、『私の身に急にドラマチックなことが起こり始めるんじゃないか?』って思いつつも、『私、この人とこのまま地獄の釜の底――「一番奥」って地獄かな?って思って――に行ってもいいかもしれない』と思って(笑)。別にイケメンとか、カッコいいからついていきたいとか、そういうことじゃなくて。ふと『そんなふうに言ってくれるんだったら……』って思っちゃったんですよね(笑)」

――ははははは。

「で、『地獄ってどんな場所なんだろう?』って考えて……『釜で自分が煮られる』とか『拷問に遭う』とか、そういうイメージもあるんですけど、『地獄ってもっと日常に潜んでいるものなんじゃないか?』って思って。結びつきがあって結婚した男女が、お母さんとかお姉さんとかにお嫁さんがいじめられて追い出されそうになって、『このままでは一緒にいられなくなる』って追い詰められた奥さんが、旦那さんの首を刈って持ち逃げしてしまう、っていう曲にしたんですけど。すごい好きな人と離れ離れになってしまうから、その人を殺してしまうっていう……自分で考えたんだけど、悲しくなっちゃって。そんなに好きな人がいるっていうのも、悲しくて。だいぶ浸っちゃってましたね、作ってる間は。結婚した気分になってました(笑)」

――(笑)。ミュージックビデオも最高でしたね。ご婦人の役と旦那さんの役と、吉澤さんが両方演じてらっしゃいましたけども。

「ドロッとしたストーリーではあるので、ユーモアがあったらなと思って。たぶん、旦那さんの役を私がやったら、あんまりおどろおどろしくならなくなるかな?と思って。ACEくんも、画はパンチがあるんですけど、軽やかになるかなと思って」

――ACEくん、いい味出してますよね。

「ACEくんは高校の同級生で、当時から学校で会ったら『おはよう』とか挨拶するような仲だったんですけど。この曲はちょっと怖いお話なので、それがACEくんによって――ドスも効きつつ、ちょっと面白くなったのがよかったなと思います」

――それを引きずって“麻婆”に流れ込むと。

「“地獄タクシー”は『地獄に連れて行ってくれる』っていう乗り物なので、地獄自体は描けてないなと思って。辛さで地獄を表現しようかなと思って(笑)。これはほんと、昔話みたいな感じで、これだけ読んでも情緒がないというか、心情とかはないんですけど」

――これもアルバムならではの楽しみですよね。「地獄の釜の底が開いたら《うー麻婆!》」って。

「(笑)。そうですね。これは楽しかったですね」

――そして“ぶらんこ乗り”から終盤に差し掛かるわけですが。

「インディーズの頃に出した『魔女図鑑』に入ってた曲を再録したんですけど。“地獄タクシー”は“ぶらんこ乗り”の前の物語として書いたんですね。これはもともと、いしいしんじさんの『ぶらんこ乗り』っていう小説の『手を握ろう!』っていう短いお話があって、そこから作ったんですけど。輪廻転生っていうか……“地獄タクシー”で報われなかった夫婦が、また“ぶらんこ乗り”で出会えたらなって思って、この順番にしました」

歌だけは、求めてくれる人にとっては完全なる味方であってほしいし、その人を全肯定したいなって

――最後の“一角獣”は、《誰かに会いたいのにそれが誰だかわかんないよ》っていうフレーズも印象的ですけど、《どうやって言葉にしたらいいのかわかんないよ》っていう言葉がすごく切実で。

「これは一番最後に録ったんですけど……《どうやって言葉にしたらいいのかわかんないよ》って、歌を歌う人は言っちゃいけないって思っていたんですよね。だから、ずっと直したかったんだけど、最後まで『ほんと言葉にできない!』と思って。この曲は自分にとっては結構つらくて……アルバムには入れたかったんですけど、たぶんこの生々しさにやられちゃってるんだろうなと思って。その時に、『それが一番いいいのかな』と思って、結局そのままにして――レコーディングが終わりましたね、全部」

――なるほどね。今までのインタビューでも語ってくれていましたけど、吉澤さんって歌詞の字面の美しさも含めて、「世界観を言葉にして描き切る」っていうことに対して確固たるアイデンティティを持っていた方だと思うんですよね。だけど、それを「言葉じゃないところ」で――歌い方であったりニュアンスであったり、アルバムの構成であったり、ライブの表現力であったり、そういうもの全部含めて伝えられる人に、吉澤嘉代子というアーティストはなってきてるんだなあというのを感じたんですけども。

「うーん……まだそこまで客観的に聴けなくて。本当にわけわかんなくて……このアルバムを作ってる時に、気負いすぎておかしくなっちゃって。それでレコーディングが中断して、お休みをもらって、その後でまた年が明けてから録り始めたんですけど。自分が何を考えているのか、何に傷ついているのかっていうのがまったくわからなくて……でも、その時に、友達が送ってくれる曲とかを聴いたら、『ああ、なんかすごくいいな』って思って。『この歌っている人に、今の自分を受け止めてくれるような気持ちがあったらすごく嬉しいな』と思って……私はそうでありたいなって思ったんですよね。もうどうしようもなく、仕事ができないような状況になっていても、それを跳ね返すような気持ちで歌うのは絶対にやめようと思って。そういうところまで思い浮かべながらレコーディングができたから――ものすごく人に迷惑をかけちゃったけど、結果的にはよかったのかなって」

――なるほどね。でも、この《どうやって言葉にしたらいいのかわかんないよ》って、今までの基準で言えば「作品として成立していない」ってなったかもしれないけど、それでも聴いてくれるリスナーなりお客さんなりに伝わるものがあるなら委ねたい、伝えたい、っていう投げかけ方はすごくリアルで、グッときましたけどね。

「ああ、ほんとですか? 一番最後に《ずっとあなたに会いたい》って言うんですけど……結局はこれが言いたかったというか。子供の頃の自分にお別れをして、夢から醒めた後に、現在の――少し未来の自分に会えるっていう。夢から醒めないと、やっぱり自分には会えないって思って」

――今までは曲ごとに「自分以外の存在」に変身することによって、歌を作り作品を作ってきたわけですけど。「作品を作ること」の先に「そこから何かを伝えたい」っていう、より密接にコミュニケートしたいっていう気分がどんどん高まってきたことの表れでもあるのかなあと思って。

「歌を作って仕事にできているので、歌だけは、求めてくれる人にとっては完全なる味方であってほしいし、その人を全肯定したいなって。私が実際に会って、その人とお話ししてたら、何十時間も話を聞いてあげられないし、その人もたぶん私の嫌なところが見えてきたりすると思うんですけど(笑)。『歌はその人の味方』っていうことだけは全部託せるなと思って。私が選んだのが歌でよかったなって」

――アルバム三部作でひとつ区切りをつけて、また新しいところに進んでいく感じですか?

「そうですね。やりたいことは浮かんでるから、また曲を書きたいと思います。もう、次の次の次くらいまで、アルバム3枚分は考えているので――」

――(笑)。その「日々アンテナ張り巡らせ感」はすごいですよね。

「なんか、そうやっちゃうんですよね(笑)。もう、やりたいことがいっぱいあるから」

提供:日本クラウン株式会社

企画・制作:RO69編集部

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