斉藤壮馬の音楽はなぜこれほど深い没入感を生むのか? 自身のルーツから新作『in bloom』までを語る!

中学生特有の焦燥感というか、鬱屈とした気持ちをパンクミュージックで表現するみたいなところから始まった

──斉藤さんの場合、中学時代に友人にもらった1枚のミックスMDが、本格的に音楽に目覚めるきっかけだったと聞きました。U2、ザ・ローリング・ストーンズからエマーソン・レイク・アンド・パーマー、マリリン・マンソン、そして後半がすべて筋肉少女帯の楽曲という、恐ろしく振り幅の広いMDで。

そうなんです。小学生くらいまでは優等生でいたいみたいな気持ちが強かったんですけど、そのMDを聴いて「こんな世界があるのか!」と、ロックの世界に衝撃を受けまして。それをきっかけに、その友人には小説や映画も含めて、ポップで綺麗なだけではないディープな世界を教えてもらいました。小説でいうと、当時好きになって今でも好きなのは筒井康隆さんとか中島らもさん。それが原体験になっています。中学生の時はいちばん斜に構えた時期だったので、みんなが知らないものを知っていきたいという欲求があり、いろんなものを手に取っていました。

──だから斉藤さんの楽曲には、ほんとに様々な音楽や文学の影響が滲んでいるんですね。

僕は地元が山梨県で、甲府にバードランドっていうCDショップがありまして。そこにもう通いつめてました(笑)。おこづかいをやりくりして、ジャケ買いしては当たっただの外れただのみたいなことがほんとの原体験で。音楽に限らず知らないものを知って吸収していくのが好きだったんだろうなと思います。あと、テムズビートが好きで、ミステリー・ジェッツが大好きなんですけど、友達と自転車を走らせて100円ショップとかに行って、小さいフライパンを5個買えば、これをドラムにできるみたいな、たいそうなものではなかったけどそういうDIYミュージック的なことをやってみようとしたり。そんな青春時代でした。

──学生時代にはバンド活動も?

はい。中学時代にバンドを組んで、ギターボーカルでした。中1の時に音楽を教えてくれた友人の親御さんに、ザ・スターリンや突然段ボールを教えてもらったということもあって、最初はパンクをやりたくて。中学生特有の焦燥感というか、鬱屈とした気持ちをパンクミュージックで表現するみたいなところから始まったんですけど。そのバンドにはドラムがいなくて打ち込みで曲を書いていて。当時からライブをガシガシやっていきたいというよりは、すごく良いアルバムを作りたいみたいな気持ちのほうが強かったんですよね。当時僕は、アーケイド・ファイア的な楽団的なバンドがやりたかったんです。生音に限定されないバンドをやりたくて。そのあたりを入り口としつつ、ポストパンクやクラウトロック系も好きだったり。なので、当たり前にサビがあって、みたいな曲を中学生の時は全然聴いていなくて。結構こじらせていたなと思うんですけど(笑)、それが今まわりまわって、いろんなところで自分の血肉になっているなっていう実感はあります。

「ここではないどこか」、「自分ではない誰か」を感じさせてくれる作品に救われたという思いが、自分の作品にも影響している

──その後、声優としての道を歩み始めた後、音楽活動も本格的にするようになっていくわけですが、3rdシングル『デート』あたりから、自身が作詞・作曲した楽曲を中心に、制作していくようになりますよね。

今でもすごく面白いなと思うのは、たとえば“デート”という曲は、おそらく10代の頃には書けなかっただろうなと思う曲で。“デート”は曲中にセリフのガヤが入っていたり、だいぶぶっ飛んだ曲ではあるんですけど、ある意味、声優のスキルを使った曲なんですよね。10代の頃の、声優としての仕事をする前の自分は、音楽をやるにしても本当にストレートに真面目な表現が多くて、言ってみれば「まっすぐ斜に構えている」ような時期でした。だからマイルールがいっぱいあったんです。1Aと2Aの文字数は絶対に一緒じゃなきゃダメだとか、曲中に同じ漢字を二度使いたくないとか(笑)。

──自由な表現を目指していながら、自分で表現に制限を設けていたような。

そうなんです。でも声優として活動していくうちに、自分のキャパシティというか、これは面白いなと思える幅がどんどん広がってきて、自分の中に蓄積されてきたものを、逆に今度は音楽にフィードバックさせてみようと。それで曲を書いてみたら、思いのほか、こんなに自由に書けるものなのかという気づきもあって。それこそ“デート”っていう曲だと、歌い出しの《終電間際の高田馬場で》っていう歌詞とか、そういうのとかは10代の自分としてはあり得なかったんですよね。

──それはどうして「あり得なかった」んですか?

先ほども話したように、10代の頃に作っていた曲はある種、楽団のような、ファンタジックな楽曲が多かったので、曲は現実と乖離したものでありたいという気持ちが強かったんです。でもそれは曲それぞれでいいのではないかと、良い意味でラフな捉え方ができるようになってきて。だからまわりまわって10年くらい、違うルートを通ってはきましたが、いちばん良いタイミングで、自分で作詞・作曲した曲を歌わせていただく機会を得たのかなと。それは声優の仕事をやってきたからこそ、つながれた縁なのかなと思います。

──それが必然の道のりだったんですね。

って言うとかっこよすぎますけどね(笑)。

──その後、シンガーソングライターとして本格的に作品をリリースしていく中で、どういう音楽活動をしていくのがいいのか、改めて考えたりしましたか?

そうですね。とはいえ、声優で歌活動をさせていただくというスタートだったので、その時に大事なのはポップで耳馴染みがいいということだと思って、エンタメとしての音楽ということを意識していました。なので、深く深く自分に入り込むというよりは、自分の表現として楽しいし、聴いていただいても楽しい、キャッチーなメロディだとか親しみやすいサウンドを最初は大事にしていて。“デート”とかは、結構研究して書いた記憶があります。もともとシティポップやファンクも好きだったんですけど、当時は声優業界でシティポップ調の曲をやってらっしゃる方がまだいなくて。今は音楽シーンではメインストリームにも入り込んできているのでわりと一般的ですけど、これはいち早く取り入れようという思いもありました。ありがたいことに今はサブスク全盛なので、もともと好きだったものを改めて体系的に聴き直したりして、これはエンタメとして面白いものが届けられるんじゃないかというところから始まっていきましたね。あと、自分が曲を作る上で当初から変わらないことがあるとすれば、僕の作る楽曲には「斉藤壮馬のメッセージ」というものはまったく反映されていないということ。もちろん多少は個人のものの見方は入ると思うんですが、あくまで曲ごとの物語であったり、映像であったり、ということで作っています。あえて自分で言うのも恥ずかしいんですけど、自分の曲作りのテーマとしては、「メッセージソングとラブソングは書かない」っていうところでやっているつもりです。

──そのこだわりは、どこから生まれてきたのでしょう。

やはり、自分が10代の頃に触れたフィクション作品やエンタメ作品の影響が大きいです。それらに触れた原初の感覚というのは、「ここではないどこか」、「自分ではない誰か」を感じさせてくれるもので、そこに救われたという思いが強くありました。だからリスナーとして聴くには、ひとりじゃないよと寄り添ってくれる曲も好きなんですけど、自分が表現するものとしては違うというか。自分が10代の頃に「救われた」と感じたのは、孤独でもいい、というか、孤独をそのまま見つめてくれるような楽曲だったんですよね。だから、斉藤壮馬の言葉というよりも、物語として響く楽曲を届けたいっていうのが最初の思いとしてありました。

──だから斉藤さんのアルバムは文学作品のようにも感じられるんですね。

聴いてくださった方がその1曲からそれぞれにいろいろなものを引き出せるような楽曲を作りたいなというのは、常に思っていますね。

live_photo(photo by 能美潤一郎(Femt))

今まででいちばんルールに縛られずに、いろんな角度から曲が書けたのがこのアルバムだと思う

──確かに新作『in bloom』にしても、聴くたびにいろいろな発見があって、様々な解釈ができる曲が多いですよね。それに、前作までと比べても、より音楽性が広がって、自由度高く多様なポップミュージックを展開しています。

前作まではエンタメという軸はありつつも、自分の世界観を反映して退廃的なモチーフというか、「世界の終わり」的なモチーフをそのまま表現している曲も多かったんです。でも2年くらいやって、ちょっとさすがにたくさん世界を終わらせすぎたかなという気持ちになりまして(笑)。じゃあ世界の終わりのその先ってどうなっていくんだろうと。その先には何かが続いていくのか、もう無になってしまうのかという着想がありまして、次に出す作品では、今まで歌ってきた世界の終わりの次の物語を歌ってみたいなと。なので、アルバム自体に大きなテーマがあるというよりは、曲ごとの短編小説集と言いますか。1stフルアルバムよりも内省的なアルバムになっているかなと思います。自分で歌詞を書いていても、ポップさは時として狂気ともなり得るというか、そういう感覚がありました。どの曲もそうなんですが、「すごくポップで聴きやすい」と言ってくださる方もいますし、「ちょっと怖い」って言う人もいて。

──いや、そうなんですよ。リード曲“carpool”も爽やかなポップスのようでありながら、じっくり歌詞を咀嚼すると不穏な感じもある。そもそも“Summerholic!”だって、超絶ハッピーなサマーチューンなんですけど、よくよく状況を理解すると、ダークファンタジー的な怖さもあって。

それはしめしめという感じです(笑)。“Summerholic!”は主人公がすごく楽しそうにしていてハッピーなのかもしれないけど、第三者的にそれを見たり聞いたりすると、客観的には入り込めない余地があるみたいなところを狙って書きました。だから他にも展開がよくわからない曲があったりもするんですけど、それはもうなんか、その主人公がそうならしょうがないなっていう。計算でやっているというより、自分でもなんでこんな展開になっちゃったんだろうなって思うんですけど、その曲がそう言っているならしょうがないかなっていう感じで。なのでエンタメということにもこだわり過ぎず、今まででいちばんルールに縛られずに、いろんな角度から曲が書けたのがこのアルバムかなと思います。

──自分内ルールにもこだわらずに作っていけた?

いやそれが(笑)。僕すごく頭でっかちだと自分でも思うんですけど、これからは感性が大事な時代だと思うからこそ、ルールにとらわれることを止めようと思って制作に入ったんですよね。ところが、その「ルールにとらわれるのを止めよう」という思考自体が、すでにルールにとらわれているというか(笑)。でも基本的には曲作りそのものも僕にとってはエンターテインメントで、楽しんで作らせてもらいました。このアルバムの前に3曲、デジタルで配信させていただいたんですが、それもあって、シングルからアルバムまで地続きの制作期間をいただいて、この1年はずっと、声優業の軸とは別に、楽曲のことを考える楽しみもあって。ただ、前回よりはすごく暗めなアルバムというか(笑)。

いわゆるJ-POP的なフォーマット以外の、もっと脳のバルブを解放したようなことも躊躇せずにやっていきたいと思った

──暗いですかね。でも確かに内省的なアルバムかもしれません。そもそも“ペトリコール”からして、ずっと雨音のSEが使われていたり、ともすれば狂気とも受け取れる描写で。

今回は明確な意図として、もうちょっとディープな曲をやっていこうという思いがありました。“ペトリコール”のサックスのリフは、最初僕がギターで弾いていたものをアレンジャーのSakuさんに、「これをサックスでリフにしてほしい」とお願いして。調性からするとあれは不協和音になっているんですが、そこはロックというよりはジャズ的な捉え方で。メジャーキーなのかマイナーキーなのかわかりづらい、そういう展開も後半にあって、いわゆるJ-POP的なフォーマット以外の、もっと脳のバルブを解放したようなことも躊躇せずにやっていきたいなと思ったんですよね。“ペトリコール”は結構スルメ曲と言いますか、派手な曲ではないと思うんですけど、でも結果的には自分でも良い曲ができたと思います。

──“キッチン”も、穏やかさと怖さとが同居した曲というか。日常の風景からいきなり世界に思考が飛ぶ感じとか。戻って来られないような危うさが漂って。

やばい曲ですよね(笑)。“キッチン”は自粛期間で家にいる時間が長くなったことによって、1stフルアルバムの時はあえて曲にしようとは思っていなかったモチーフを使ってみようと。だから今年ならではの楽曲でもあります。

──そんな中で、少し意外なほどの青春感を感じたのが“BOOKMARK”という曲でした。「J」とクレジットされた方のラップがフィーチャーされていて。

謎の友人Jですね(笑)。歌詞としては、オールをした明け方の朝4時というか、学生時代のなんでもない怠惰な日常って青春だよね、でもほろ苦さもあって、みたいな、自分としては珍しく学生時代を思い出しながら書いたリリックで。曲自体は80年代っぽい感じなんですけど、聴いた方が自分のいつかの青春、あるいは未来の青春を想起してくれたら嬉しいなって思います。結構素直な歌詞なので、正直ちょっと恥ずかしいんですけど、でも青春ってそういうものなので(笑)。

──The Floristによるバンドサウンドで作りあげられた“いさな”のシューゲイザー感もとても素晴らしくて、内省的という意味では、この楽曲はもうひとつのリード曲と言ってもいいんじゃないかと思うくらい、アルバムを感覚的に理解する楽曲だと思います。

ありがとうございます。“いさな”はほんと素敵なアレンジに仕上げていただいて、このアルバムの中では総括的な曲になりました。今回は、前作で表現した「世界の終わり」というテーマから、さらにその先というイメージでしたが、この曲は前作のテーマに深く繋がる曲ですね。本質的にはアルバムのラストトラック的なイメージで。まさかの8分超えという(笑)。ライブで演る機会があれば、これはほんとに空間系のエフェクトを駆使してやりたい曲です。

──ライブのハイライトにもなりそうな曲ですよね。来年4月から5月にかけてライブツアーを行うことも決まりましたし。

そうなんです。最初にお話ししたように、もともとはそれほどライブに興味はなかったんですが、以前ファーストライブをバンド編成でやらせていただいた時に、すごく楽しくて、これは病み付きになるなと(笑)。その時の思いがそれ以降の曲作りにも反映されてきましたし。ただ今絶賛仕込み中なので、もうしばらくお待ちいただけたらと思っています。

斉藤壮馬 『carpool』 MV

斉藤壮馬 『パレット』 MV

斉藤壮馬 『Summerholic!』 MV

斉藤壮馬 『ペトリコール』 MV


●ライブ情報

「斉藤壮馬Live Tour 2021 "We are in bloom!"」開催決定

2021年4月17日(土):福岡サンパレスホテル&ホール
2021年4月24日(土):愛知県芸術劇場 大ホール
2021年5月2日(日):大阪国際会議場(グランキューブ大阪)メインホール
2021年5月22日(土):東京ガーデンシアター
2021年5月23日(日):東京ガーデンシアター
●リリース情報

斉藤壮馬
2nd Full Album『in bloom』

発売日:2020年12月23日

【アート盤】(完全生産限定盤< CD+DVD+ポラ風カード>)VVCL-1793~5 / 5,500円+税
EPサイズスペシャルアートBOX仕様
【PHOTOBOOK盤】(初回生産限定盤<CD+PHOTOBOOK>)VVCL-1796~7 / 4,300円+税
”in bloom”特別三方背仕様、36ページ豪華フォトブック付
【通常盤(CD)】 VVCL-1798 / 3,000円+税
・収録内容(CD)<全盤共通>
1. carpool (Lyrics, Music:斉藤壮馬 Arrangement:Saku)
2. シュレディンガー・ガール (Lyrics, Music:斉藤壮馬 Arrangement:Saku)
3. Vampire Weekend  (Lyrics, Music:斉藤壮馬 Arrangement:ESME MORI)
4. キッチン (Lyrics, Music:斉藤壮馬 Arrangement:Saku)
5. ペトリコール  (Lyrics, Music:斉藤壮馬 Arrangement:Saku)
6. Summerholic! (Lyrics, Music:斉藤壮馬 Arrangement:Saku)
7. パレット (Lyrics, Music:斉藤壮馬 Arrangement:Saku)
8. BOOKMARK (Lyrics, Music, Arrangement:斉藤壮馬・J)
9. カナリア (Lyrics, Music:斉藤壮馬 Arrangement:Saku)
10. いさな  (Lyrics, Music:斉藤壮馬 Arrangement:The Florist)
11. 最後の花火 (Lyrics, Music:斉藤壮馬 Arrangement:Saku)

☆収録内容(DVD)<アート盤のみ>
「ペトリコール」 Music Clip
「Summerholic!」 Music Clip
「パレット」 Music Clip
「carpool」 Music Clip

<参加ミュージシャン>
[carpool]
Drums:柏倉隆史(toe / the HIATUS)
Bass:宮川トモユキ(HiGE)
All other:Saku
[シュレディンガー・ガール]
Drums:柏倉隆史(toe / the HIATUS)
Bass:宮川トモユキ(HiGE)
All other:Saku

[Vampire Weekend]
Guitar:モリシー(Awesome City Club)
All other:ESME MORI

[キッチン]
All:Saku

[ペトリコール]
Bass:越智俊介(CRCK/LCKS)
Sax:藤田淳之介(TRI4TH)
Piano:渡辺シュンスケ(Schroeder-Headz)
All other:Saku

[Summerholic!]
Drums:高橋宏貴(ELLEGARDEN / PAM / THE PREDATORS)
Bass:須田悠希(ex.Suck a Stew Dry / ex.THURSDAY'S YOUTH)
Guitar:小野武正(KEYTALK)
All other:Saku
[パレット]
Drums:高橋宏貴(ELLEGARDEN / PAM / THE PREDATORS)
Bass:須田悠希(ex.Suck a Stew Dry / ex.THURSDAY'S YOUTH)
Guitar:小野武正(KEYTALK)
All other:Saku
[BOOKMARK]
Guitar:Saku
Rap:J
All other:斉藤壮馬・J
[カナリア]
Cello:内田麒麟
All other:Saku

[いさな]
Drums:蛭間孝充(The Florist)
Bass:須長英幸(The Florist)
Guitar:椎名洋輔(The Florist)
Guitar:今村寛之(The Florist)
All other:The Florist

[最後の花火]
Drums:松本誠治(the telephones / We Come One / MIGIMIMI SLEEP TIGHT / 大宮Base)
Bass:長島涼平(フレンズ / the telephones)
1st Violin : 吉田篤貴 (EMO strings)
2nd Violin : 沖増菜摘
Viola : 三品芽生
Cello : 内田麒麟
All other:Saku

提供:ソニー・ミュージックレーベルズ
企画・制作:ROCKIN'ON JAPAN編集部