ものすごく興味深く読みごたえあるインタビューなので、ぜひ読んでもらいたい。桑田佳祐という日本で最も有名なミュージシャンが、どれほど悩みながら誰にも愛されるヒット曲を作り、孤独と闘いながらその成功のキャリアを築いてきたかリアルに感じ取ってもらえる内容になっていると思う。桑田佳祐は、自分を特殊化されたり伝説化されるのをとても嫌う人だ。自分を特別な存在とされることを避けたがる人だ。しかし桑田佳祐は特別だし唯一無二の才能である。
僕は音楽評論家として洋楽も邦楽も聴くが、世界のポップミュージックシーンでグループ活動と同時にソロ活動もして、その両方をこれほど長期にわたって成功させているミュージシャンはいない。今回のインタビューはソロ35年目のベストアルバムのリリースをテーマにしている。ソロでのキャリアも、もう35年になるのだ。ベストアルバムを聴けばわかるように、そのキャリアの間で数多くのヒット曲を生んでいる。これだけでもひとりのソロアーティストとして日本を代表する存在と言えるだろう。しかし言うまでもなく桑田佳祐はその35年の間にサザンとしても活動していて数多くのヒットを生んでいる。そしてソロでもサザンでもドームツアーを何回も行っている。これを特別と言わなければ、世の中に特別なものはなくなってしまう。
今回のインタビューでは、この桑田佳祐の世界でも稀なキャリアを桑田佳祐自らの言葉で語ってもらった。それは当然のこと、彼の個人的な内面の物語であり、創作者としての核の部分についての物語となった。誰もが知っている存在でありながら、誰もがその本当の姿を知らない巨大な才能の本質に触れることのできるインタビューになった。
インタビュー=渋谷陽一 撮影=岡田貴之
(本稿は、『ROCKIN'ON JAPAN』2022年12月号からの抜粋で構成しています)
世良くんと会ってすごい楽しかったし、なんか火が点いたんですよ。
で、「何かやりたいね」って話をしてて、同級生の話が出たんですよ、漠然とね
――新しいソロのベスト盤『いつも何処かで』が出るので、その話をするんですが、その前にまずは、夏のROCK IN JAPAN(FESTIVAL 2022)は残念でした。「ほんとにいろいろご迷惑、ご心配をおかけしました」
――でもそのあとにラジオ(『桑田佳祐のやさしい夜遊び』)で再現ライブをやっていただいたじゃないですか。あれを聴いてすごいなと思ったんですね。だってROCK IN JAPANっていう、1回きりの1時間ちょっとのメニューのために、あのフルメンバーで7日間もリハをやっていたんだ、って。
「だって3年ぶりでしょ? この3年でまた時代もひとつ変わったし、世の中の色彩も変わった中で、今回は満を持してROCK IN JAPANに参加できるなあと思っていましたので。僕らにとっても今年初めてのステージだし、非常に重要なものとして、いつもながら捉えていたんです。だからくやしかった。やっぱり、ROCK IN JAPANっていうのはうちのスタッフにとっても僕にとっても、新しい世界を見つけにいくためにはものすごく魅力的な場所として捉えていたので」
――そう言っていただけるとありがたいです。で、その前の我々の知る動きとしては、佐野元春、世良公則、Char、野口五郎という同級生のロックミュージシャンを集めて“時代遅れのRock’n’Roll Band”という曲を作ったということで。
「2月末に世良公則くんと久しぶりに会うことになって、彼の家に行ったんですよ。そこで何かやりたいねって話にたまたまなりました。同級生が集まると必ずあるじゃないですか。『たまにはなんかやりたいね、呑みたいね』とかって。そういう話をしても、でも結局はやらないっていうのが何十年も続いてるんですけど、もう僕らも66ですし。老い先が短いこととかいろんな要素がありますから。世良くんが僕に会いたくなったこともひとつの友情だと思うけど、会っててすごい楽しかったし、なんか火が点いたんですよ。で、世良くんと『何かやりたいね』って話をしてて、同級生の話が出たんですよ、漠然とね。まだ全然、曲もない時ですよ。『松山千春どうかな?』とか、『大友(康平)は、いすゞのトラック乗ってるみたいだから』『トランポだ、じゃああいつは』なんていう話をして(笑)。そういう冗談ですよね。そんなことだったんです。それで、家に帰って曲が思い浮かんだので、(世良に)電話して、『ちょっと何小節かあるんだけど、聴かない?』『いいよ』って話になって、会ったのかな、軽くデモテープ作ってマネージャーと一緒に行って。2回目に会った時は歌詞カードなんかもできていて、『これ、世良くん歌って。ここは野口五郎さん』『でもやってくれるかなあ』っていうような感じだったんです。それで世良くんのあとにCharさん、野口さんのところに行って。で、佐野くんも来てくれるって話になって。お互いいい歳になって、いろいろ人生経験もして、今の世の中のちょっと重たい雰囲気みたいなものに共鳴する部分があったのかなあと思いました。昔『メリー・クリスマス・ショー』を企画した時より難しくなかったんですよ。あの頃は事務所の垣根もあれば、芸風の違いもあったけど、今回はもちろんまったくそういうのはなくて。一人ひとりがすごくフェアな感覚を持ってね。ここまでいろいろあったでしょうけど、ここで久しぶりに会った初老5人はなんかすごくいいムードを携えてましたよ」
――この曲はそのムードがすごく出てますよね。何か巡り合わせというか、今この時期に同じ世代の人間が集まってメッセージ性のある曲をああやって歌う、そういうことをやってみたいという、桑田佳祐としてもそういうモードに入ったんでしょうね、きっと。
「そうですね。だからコロナあり、ウクライナあり、いろいろ切羽詰まった状況とか、閉塞するっていうイメージは、日々、メンバーとかスタッフと仕事する中でやっぱり感じるものですから。そこにたまたま同い年っていうキーワードとか人間関係があったことで、入口が見つかったと思うんですけど」
(ソロとサザンが)両方あったっていうことは非常に贅沢で。自分なりに、気持ちとか芸風とかをどこかで変えたり、整えたりしながら出ていってる。ソロをやったあとにサザンに帰るんですけど、そこがひとつの新しい境地になったり、新鮮に思うんですよね
――またこの時期に、原(由子)さんのソロアルバム『婦人の肖像 (Portrait of a Lady)』も作ったわけじゃない。これは満を持してって感じなんですか?「そうですね。彼女も31年ぶりのオリジナルアルバム、という話をしていて、その事実を初めて知ったんですけど。そろそろ作りなよっていうようなことは前から言っていたんです。やはりいちばん近くにいますので、ミュージシャンとしての才能みたいなものが、ずいぶん、陰に隠れたなあと思って」
――素晴らしいミュージシャンだけどね。僕は彼女の歌は大好きだし、彼女の曲も大好きだし。もっと早く出してくれてもよかったのに、っていう気もしたけど(笑)。でも、すごくいいよね、このアルバム。特に“ぐでたま行進曲”っていう作詞・作曲:原 由子の曲があるんだけど、これがいいよね!
「ほんとそう。狙わないで投げるとそこに行くっていうのは才能だろうし、それがポップミュージシャン・原 由子の面白いところなんです。狙い澄ましていくとやっぱり、なかなか当たらなくてね。ところが彼女は、もちろんタイアップがついたんだけど、そのたまたまの流れの中で散歩しながらこの曲を思いついたって言うんです。そういう時のでかいパワーっていうか、そこが魅力なんだと思う」
――これに投入したエネルギーは、ひょっとすると自分のソロアルバム以上じゃないかっていうぐらい、楽器は弾くわ、コーラスはするわ、すごいよね。
「そんなことはないんですけど。やっぱり本人の頑張りと、今回、前から一緒にお世話になってる(アレンジャーの)曽我(淳一)くんという方がいるんですけど、曽我くんと原さんのハモり方がすごくよかったと思うんですよ」
――そして、今回はソロツアー(「桑田佳祐 LIVE TOUR 2022「お互い元気に頑張りましょう‼」」)のリハーサルに我々が押しかけちゃって。これにかけるエネルギーも、すごいなあと思って。桑田くんは自分で言ってるけれど、66だよ?
「ほんとね、だから老人をなんだと思ってるんだと」
――自分でやってるじゃん!
「いや、やらされてるんです」
――違うよ!(笑)。
「でも今回のツアーにせよ、ROCK IN JAPANにせよ、そのあとのラジオにせよ、チャンスを与えてもらったし、支えてもらったんでね。やはりその先に見えるのはお客さんの顔で。メッセージソングを作ろうが、原さんのアルバムを手伝おうが、私にできることは歌を歌ってステージに上がることだろうなあということしかないので」
――よくよく考えてみると、ミュージシャン人生の中でこれほどたくさんのアウトプットを爆発させている時期って、今がピークなんじゃない?
「ああ、なるほど!」
――今度はベスト盤ですよ! そしてこのベスト盤にも新曲ですよ! “なぎさホテル”なんて、出たあ!っていう(笑)。
「いやいや、“なぎさホテル”を最後に作ったのも、まあある種のたまたまで。うちのディレクターが、『新曲を1曲』みたいなことを。でも新曲って、“時代遅れのRock’n’Roll Band(feat. 佐野元春, 世良公則, Char, 野口五郎)”とか“平和の街”とか、あるじゃない。それをうちのスタッフ、ちょっとおかしいんですよ(笑)。『ええ?』って思うでしょ? 66だっちゅうの!」
――でも、言われて嬉しいじゃん、桑田くんは。
「そうなんです、その通りなんですよ。ほっとかれたらただの老人だけど、『おじいちゃん、行こっ?』って言われると、やっぱりしゃん!とする(笑)」
――(笑)。このベスト盤を聴いて思ったわけ。サザンオールスターズっていうバンドをやっている。そして、もうひとつソロをやっている。その中で桑田佳祐は、表現者としてのバランスを取ってきたんだなあという感じがするんですよ。
「ほんとにその通りですね。両方あったっていうことは非常に贅沢で。いろいろ周りの人が苦しむ部分もあるんですけど、やはり自分なりに、はっきりしてるかどうかはわからないけど、気持ちとか芸風とかをどこかで変えたり、整えたりしながら出ていってるっていうんですかね。たまたま、そうなったとしか言いようがないんですけど」
――そう。でもそれはたまたまじゃなくて、桑田佳祐が必死になって、自分の力で作り出したバランス感覚で。やっぱりソロとサザンの両方をやることによって、ミュージシャンとしての健全さを保っているという。
「だから僕も、ソロをやったあとにサザンに帰るんですけど、やっぱりそこがひとつのまた新しい境地になったり、とても新鮮に思うんですよね」