【インタビュー】「アユニ・Dに戻ってこれた」──PEDRO、等身大の痛みも愛も曝け出す「始まり」のミニアルバム『意地と光』を語る

昨年、BiSHの解散を経てアルバム『赴くままに、胃の向くままに』を作り上げ、2度目となる武道館公演も成功させたPEDRO。独り立ちを経て苦悩しながらもその日々を愛し謳歌するような気分に貫かれたあのアルバムはアユニ・Dの新たなマインドセットを象徴する作品だったが、その開放的で自由なムードは、アユニ自身にとっては時を経るごとに、そこはかとなく違和感を覚えるようなものになっていった……らしい。「これは本当の私なのか?」「本当のアユニ・Dとは何か?」。そんな自問自答の末にたどり着いたのが、このたびリリースされたミニアルバム『意地と光』だ。

自分の中の弱さや痛みにも真正面から向き合い、それでも愛と希望を望む、等身大でたくましいアユニの姿が、今作には赤裸々に刻まれている。愛を受け取り、愛を与え、自分の心を鼓舞して走り続ける。これまでのどの作品とも違うアユニの姿勢が鮮明に描かれる歌詞とシンプルなサウンドは、本当の意味でPEDRO=アユニ・Dの始まり。陰も陽も抱き締めて、彼女は歌い、躍動している。

インタビュー=小川智宏 撮影=小杉歩、外林健太


生活なんて二の次でよくて。音楽とか、好きな人と好きなことを一生懸命やるっていう時間が自分にとってはいちばんだなと改めて気づきました

──現在開催中の「ラブ&ピースツアー」、CLUB CITTA'でのライブを拝見したんですけど、すごくいいライブをやっていましたね。

まだ序盤なんですけど、毎回「今日このライブをやって死んでもいい」と思えるくらい腹を括ってライブをできています。今までのツアーは、情熱的にやっていたのは変わらないんですけど、成長していくツアーみたいに思っていたんです。まだ模索時期というか、その日、がむしゃらにやって何がダメだったか、何がよかったか、「じゃあ次はここを活かしていこう」みたいなマインドで。でも今回は「考えてる場合じゃないな」って。自分はそんな器用なことはできないって気がついて、無我夢中でやってます。何を今までかっこつけて、もっとできると思って小賢しいやり方をしてたんだって(笑)。

──なるほど。

そこにちゃんと気づいて、向き合ってみたんです。その結果、自分はずっと走って、生き急いで、ピリピリして、自分で自分の首を絞めるじゃないですけど──険しい道を歩んでるほうが生き生きとするしワクワクするなっていうのに改めて気づいたんですよね。だからシフトチェンジしたっていうよりは、改めてアユニ・Dにちゃんと戻ってこれたっていうか。「生活を愛そう」とか「もっと自分の時間を大切にしよう」と思ってみたんですけど、やっぱり生活なんて二の次でよくて。音楽とか、好きな人と好きなことを一生懸命やるっていう時間が自分にとってはいちばんだなと改めて気づきました。

──今回の『意地と光』はまさに「アユニ・Dが帰ってきた」というアルバムだと思うんですけど、でも一方で『赴くままに、胃の向くままに』のときのアユニさんはとても楽しそうだなと思っていたんです。のびのびしてたし、好きな人と一緒に曲を作って鳴らして、自由を謳歌してる感じがありましたよね。それはアユニさんにとっても居心地がよかったんじゃないかと思うんですけど。

それもやってみなきゃわからなかったんですけど、今まで無意識的にごちゃごちゃした中で生きてきて、きっとそれが本当に性に合ってたんです。でも、ちゃんと見つめてなかったので、それが性に合ってるっていうことにも気づいていなかったんですよね。で、独り立ちして、草原の中を裸足で走り回るくらいの感じでやってみたんですけど……なんか今思えば、生きた心地はしてなかったのかな、という。凪というか、何も怖いものもなければワクワクすることもなかったのかもしれないなって。自分はもともとすごく好奇心旺盛で暴れん坊だったので、そこに改めて向き合ったらすごく楽しかったんですよね。音楽も作りたいってなったし、もっと人と会いたいって思いました。

“アンチ生活”は書き終えたあとに「これだ、これだ」みたいな感覚がすごくあった

──前作『赴くままに、胃の向くままに』では「生活を愛する」っていうことを歌っていましたけど、今回は“アンチ生活”っていう曲から始まりますね。

はい。

──その字面だけ見ると逆に振れた感じがするんだけど、実はそういうことでもないんだろうなとも思うんです。そこはアユニさんの中ではどう繋がってる?

結果論としては、反するものにはなったと思うんです。前作のときは自分のことがいちばんかわいいと思っちゃってたんですけど、今作は自分のことなんてどうでもよくて、人のために何かしたいなっていう気持ちが大きくて。でも、前作は生活が好きなのかどうかっていうのを確かめるための期間でもあったので、その期間がなかったら今回の作品もできていないなって感じますね。

──今作の曲を聴いていると、もちろんトゲトゲした部分やぐちゃぐちゃした部分、内側にある暗い部分や弱い部分も含めて書いているなと思うんです。でもそれを必ずしもネガティブ100%では歌ってない気がして。それもひっくるめて「これが私なんで、よろしく」みたいな感じがするんです。

確かに。今までは自分の卑屈な部分とか根暗な部分を歌詞に落とし込んだあとに、ちょっと嫌悪感じゃないですけど、なんかわだかまりが心にあったんです。その歌を歌うのもちょっと怖くなっちゃったりすることもあったんですけど、“アンチ生活”は書き終えたあとに「これだ、これだ」みたいな感覚がすごくあって。自分の中で快感というか……別に自分の卑屈な部分を認めたわけではないんですけどね。

──そうだね、認めたわけではない。だから「これが私なんだから許してよ」っていうことではないんだけど、一方では、たとえば“アンチ生活”が暗いだけの曲かといったら絶対そうではないというか。最終的にはこの曲ですら光のほうに向かってる気がするんですよ。そっちに向かえるようになったのが今回アユニさんが得たものなんだろうなって。

そうですね。人を好きになったことがすごく大きくて。今までは自分の卑屈な部分だけ、世界を斜に構えて見ているところだけを書くので終わっちゃってたんです。“アンチ生活”はそういうことも書いているけど、「でも私はあなたと一緒に音楽をやることで救われます」っていう──自分の中でそれが光だということに改めて気づいたんです。だから暗いだけの曲じゃないっていうか、ディープだけどホープ的な気持ちがすごくあると思いました。

──“アンチ生活”の中で《結局私はさ/虚しさとか弱さを/バネにして生きてる》って歌っているじゃないですか。そこは変わらない。でも同時に《クソみたいな世界を/親みたいに抱きたい》とも書いていて、その両方をちゃんと歌えているのがいいなと思います。

なんか……自分ひとりの力って本当にしょうもないんです。でも今までは、「自分はやればできるのにあえてやってないんだぜ」みたいな、ちょっと斜に構えてた部分があったんですけど、「精一杯やったってこれだ」っていう力量を自覚して。ただ、その中でも願望はずっとあって。だから、これから突っ走っていきたいんだっていう気分に変わってますね。

勝手に人って怖いものだと思ってたから、それこそ「愛してる」とか言うのを避けてきたんですけど、言ってみたら意外と受け入れてもらえたりするんだなって

──“祝祭”もすごくいい曲ですよね。《傷んで/泣いて/迷って/笑って/生きてゆく》っていう。

3歳児とかでも理解できるくらいの言葉ですみません(笑)。

──いや、生きるってそういうことだと思うし、痛みや悲しみや迷いのほうが喜びより多いじゃないですか。それを全部受け入れてる感じがあるなと思う。歌詞を書くうえで、今まで書いていなかったこともいっぱい書いてるじゃないですか、今回。

書いてますね。でも前作より時間はかからなかったんです。本当に言葉を出したいっていう欲求がずっと強くて。前作は楽曲制作の時間にワクワクした気持ちで臨めなくて。意を決して挑むような、絞り出して考え出してっていうものだったんですけど、今作は本当に入れたい言葉が溢れて止まらないみたいな感覚でした。

──『赴くままに〜』のときは歌詞を何度も書き直したりして大変だったっていう話を聞いてますけど、それはどうしてだったんだと思います?

かっこつけてたんじゃないかなって思います。どういうきれいな言葉を使えばそのまま伝わるかとか、どういう言葉の羅列の仕方をしたら自分が美しく見えるかとか、そんなことばっかり考えちゃってた気がします。でも自分はそういうことができる立場じゃないし、それをやるにはまだ修行が足りなすぎた。

──『赴くままに〜』を作った時期は、BiSHが解散して、PEDROはその翌日にすぐライブをやったりしていましたけど、そうやって急激に変化が起きていく中でいろいろ混乱して見えなくなっていたものもあったのかな。

本当、そうだと思います。

──それを通り過ぎて落ち着いて考えたときに「これって私なんだっけ?」って思うようになっていったというか。そういう意味ではそれを経て作ったこの『意地と光』というアルバムが、ある意味で始まりなのかもしれないですね。

そうなんです、すみません(笑)。よく(スタッフに)言われますもん。「これ、1年前にやってくれよ」って。本当にそういうことなんだろうなって。

──これを作れてスッキリした部分もあるんじゃないですか?

超ありますね。作ったからこそ出てきた新しい欲求もありますけど、ようやく「これだ」っていう、拳を突き上げられるような作品になりました。

──今回の曲について、(田渕)ひさ子さん(G)とかゆーまおさん(Dr)は何か言ってました?

今回の作品を作り始めたきっかけが、ゆーまおさんが、すごくお忙しい中でも「アユニちゃん、曲作ろうよ」って言ってくれたことだったりしたんです。あのおふたりも、会うたびに私が変わるから、面白いとは言ってくださりますけど、実際は大変だったと思うんですよね。「この子何がしたいんだろう、なんのために音楽やってるんだろう」っていうのも掴めなかったと思うんです。でも、今回制作をするにあたって、「今、こういう『意地と光』が自分の中の情熱になっていて、それを伝える方法はやっぱり音楽しかなくて」っていう話をさせていただいたんです。それで理解してくださって、ずっと向き合ってくださって、一緒に探検してきました。あと、おふたりには私の言葉の出し方が変わったって言われました。「本当にらしさが出てる」って。

──その「らしさ」ってどういうことだと自分では思いますか?

かっこつけて、小賢しいやり方で文字を羅列しているわけではなく、深夜から朝方にかけて自分の中から出てくることを書き留めてたので。そういったものが出てたんですかね。

──深夜から朝方にかけて感は確かにありますよね。すごくいい意味で、ですけど、歯止めがきかなくなっている感じがある。“ラブリーベイビー”も“キスをしよう”も“愛せ”も、誰かに向かって愛を伝える言葉がめちゃくちゃストレートに書かれていて。アユニさんはそういうのはあまり得意じゃないと思ってたんですけど、かなりあけっぴろげになってる。

小賢しいやり方をしても伝わらないんだってわかりました。今までは、なんていうんですか、ROM専っていうんですか?

──懐かしい言葉だな(笑)。

自分の中で完結していることが多くて、それってある意味すごく自己中心的だなってことに気づいて。大事な人に何も伝わってないじゃんって思ったんです。会話とかも自分で完結しちゃうのでキャッチボールになってなかったりとか、そもそもそれってどうなんだろうって。ようやくこの年齢になって反省して、伝えたいことは伝えるべきだなっていう、根本的なことに気づきました。自分でどっか行って閉じこもってるくせに「なんで誰も助けてくれないの」とか言うタイプだったんで、それっておかしいよなって、最近になってわかりました(笑)。

前作を経てBiSHのアユニ・Dが本物の私だったんだっていうことに気づいた。「BiSHのアユニ・Dが好きだよ」って

──その結果、今回「愛してる」って言いまくってるわけですけど、言わなきゃ始まらないと。

そう。だから『意地と光』とか言ってますけど、『感謝と謝罪』って感じ。

──謝罪する必要はないけど(笑)。だから、「意地」も「光」も要するに愛ってことなんだなって思います。自分の内側にあるものも愛するし、光を届けたいっていうのも愛だし。愛を伝えるのって勇気がいるじゃないですか。拒否されたらショックだし。でもそういう可能性も含めて伝えるっていう判断をしているのが強さだし、そこに踏み込めたんだなって。

そうですね。というか、意外と周りの人って優しいんだなって。勝手に人って怖いものだと思ってたから、それこそ「愛してる」とか言うのを避けてきたんですけど、言ってみたら意外と受け入れてもらえたりするんだなとか。ダメだったらダメで違うやり方も確かめられるし。そういうことを周りの方々に気づかせてもらえたので、自分が強くなったっていうよりは、周りに強く育ててもらった感覚が大きいですね。

──周りの人、それはファンもそうだし家族もそうだし、スタッフやメンバーもそうですけど、みんなアユニ・Dのことを愛してくれているわけじゃないですか。それも素直に受け入れられるようになってきた?

はい。だって意味わかんないですもんね。こんなに力になってくださってるのに、私が反発してたら意味わかんなくないですか? 何してんのって。ありがたく思って、もっともっと恩返ししていかないといけないのに、なんで自分自身のことをかわいがって、自分自身を悲劇のヒロインだと思ってたんだろうって。全員悲劇のヒロインですし、全員大変な中で力を合わせて頑張ってますしね。そっちのほうが全然楽しいって思いました。

──だから、このアルバムの曲たちは与える愛のこともいっぱい歌ってるけど、同時にいかに愛を受け取ってるかっていうことも歌ってるような気がするんですよ。“キスをしよう”とか“hope”は「愛してる」って歌でもあるけど、「愛されてる」っていう歌でもあるなって思ったんです。

ああ、ありがとうございます。

──これだけ愛されているんだから、愛してもいいんだっていう。その道ができたんだなって気がする。それがライブでも歌詞でも、あらゆる変化に繋がっていってるんだと思う。もらっている愛という意味ではこのアートワークもそうだよね。

はい、リンリン(現・MISATO ANDO)が描いてくれました。この人はパンジーちゃんだそうです。「これ誰?」って訊いたら「パンジーちゃん」って(笑)。彼女にとってパンジーが理想の人物的存在らしいんです。

PEDRO『意地と光』初回生産限定盤ジャケット
──花のパンジー?

そうです。あれを花だと思ってないらしくて。話を聞いて、神秘的な存在な感じはしたんですけど──リンリンにお願いしたときに、今までの音楽活動に対してどういう気持ちなのか、それを今どう思っているのかとか、BiSHって存在、PEDROって存在、今回の『意地と光』に対してどう思っているのかっていう話をすごく聞いてくれて。それを踏まえて、私という存在をパンジーちゃんに落とし込んで作ってくれたみたいです。今まで見てきたもの、出会ってきた人、触れてきたものがいっぱい積み重なってひとりのアユニ・Dっていう人間ができてるんだっていうのを描いてくれた。だから絵の具だけじゃなくて、モールだったり花だったりガラスだったり石だったり、いろんなものを使って作り上げてくれたみたいです。

──今までのもの全部が積み重なって今のアユニができてるって、本当にその通りですよね。なかなか認めづらいところでもあるし、切り捨てたい過去もあるけど、それも全部あなたなんだよって言われるのは結構グッときますね。

そうですね。リンリン、私がBiSHのアユニ・Dっていう存在を嫌っているって思っていたらしいんです。でも私は前作を経てBiSHのアユニ・Dが本物の私だったんだっていうことに気づいて。「BiSHのアユニ・Dが好きだよ」って言ったらびっくりしてました。

●MV

“愛せ” MV


“祝祭” MV


“ラブリーベイビー” MV


●リリース情報

mini Album『意地と光』

PEDRO『意地と光』通常盤ジャケット
発売中

●ツアー情報

PEDRO TOUR 2024「ラブ&ピースツアー」

PEDRO ラブ&ピースツアー Final 「意地と光」


提供:ユニバーサルミュージック/浪漫惑星
企画・制作:ROCKIN'ON JAPAN編集部