──面白い部分もあるし、つまらない部分もあるけど、それはあくまで提示するだけで、ヤマトさん側から良し悪しのジャッジはしないという。
僕は音楽ってすごくいい媒体だと思っていて。音楽って、別に英語でも、言葉じゃなくても、素晴らしいメロディとかハーモニー、リズムがあれば、それだけで成立しちゃうものだと思っているので。そこでわかりきったことを言うのは──それをやってる人を否定するわけじゃないけど──もったいないのかなって。何を言っても、美しいメロディとか音楽の中で言ってれば、それっぽく聴こえるっていうのが、音楽のいいところでもあり、悪いところでもあり(笑)。そういう中で、意見をワンサイドに偏らせるのは、僕はもったいないと思うので。映画とかもそうだと思うんですけど。それが僕の考え方なので、できればコンフリクトを描きたいなっていうのはありますね。
──だから、ヤマトさんの曲を聴いてて不思議だなと思うのは──ひとりのソングライターが書いてる曲だけど、複数の視点があるんですよね。「男目線と女目線との対話」とかでもなくて。
そうですね。自分の中に、逆張りマンがいるんです。ひとりで「こうしよ!」「いや違う違う!」って(笑)。俺、すごい独り言を言うタイプで。ブツブツ言いながらひとりで歩いてるんで、家の半径200メートルぐらいでむちゃくちゃ職質されるんですけど(笑)。家の中でNetflix観てても「おもろないんじゃ!」とか言いながら消して、15分ぐらいしたらまた開いてたりして……自分でも何をやってるのかっていうぐらい、よくわからない人間ではあるんですけど。
──でも、だからこそワンサイドに向かわないし。メッセージがはっきりしているソングライターだと、「このソングライターとわかり合える/わかり合えない」みたいな怖さもありますけど、ヤマトさんの場合、わかり合えるもへったくれもないわけですよ。
そうですね(笑)。
──そもそも違う人間同士だから、っていうのが前提にあるし、違う人間だからこそのツッコミ合いみたいなものが、ヤマトさんの作る音楽の世界線にはあらかじめ盛り込まれていると思うんですよ。
僕が好きなのは、「寄り添ってくれる」とか「共感できる」、「応援してくれる」とかじゃなくて──そういう曲を聴くとむしろ、「何をわかる?」って思ってしまうので(笑)。僕はどっちかって言うと、そういう時は大きい山とか、すごい海とか、星空とかを眺めていたいタイプなので。たとえばクラスの女子グループに嫌われていじめられた時に、「君はひとりじゃない」「嫌だったら逃げてもいいんだ」って言われるのが、昔からすごい嫌で(笑)。たとえば、星は誰を照らすか照らさないか決めないわけで。「大きく見ると、あいつらも俺もみんな一緒だ」みたいな、よくわからないモードに自分を持って行って、ひとりで納得して帰るみたいな、ややこしい人間ではあったんですよね。それは今でもそうですけど──って、ひとりで海を見に行ったりはしないですけど(笑)。僕みたいな人間がいてくれたら、ちょっとくらい気持ちはわかるかもわかんないですけど……いろんなタイプの人間がいるっていうだけの話ですよね。
──壮大なストリングスが鳴り渡る“東京外環道心中未遂譚”は、少し趣が違いますね。“東京外環道心中未遂譚”は、どうやったら心中が失敗するかなあって。脚本みたいに書けないかなあって手を出したら……意外に難しくて(笑)
これは……時間がかかりました(笑)。最初に手をつけたというか、雛形を作ったのはたぶんこの曲なんですけど、最後まで歌詞ができなかったのもこの曲ですね。さっきまで「日誌」とか言っといてなんですけど、この曲は完全に嘘なので(笑)。僕は車の免許も持ってないですし。でも、助手席とかで高速道路を走ったことはもちろんあるし、いろんなピースを繋ぎ合わせて1曲にするのはいいのかなと思って。それで言うと“君が望む永遠”も、僕は海の見える町に住んだことないんですけどね(笑)。これは話すと長くなるんですけど……ものすごく理屈で、ロジックで組んだ曲なんですよね。
──それ、聞きたいですね。
僕がその時期、近松門左衛門をすごい観てたんですよ。『曽根崎心中』とか『心中天網島』とか。僕は大学時代、大阪の梅田で酒飲んだりすることが多かったんですけど、そこに曽根崎お初天神通りっていう場所があって、居酒屋がバーッと並んでて。そのお初っていうのが、『曽根崎心中』で心中した子の名前で──僕の中ではある意味、地元と東京を混ぜたような感じがあって。『曽根崎心中』は人形浄瑠璃なんですけど、戯曲というか、劇の台本というか脚本のような感じで書けないかなあ、とかスケベ心を出して手を出してみたら……意外に難しくて(笑)。心中って言っても、本当に死んじゃったら「じゃあ誰が歌ってたんだこれ」って話になるので。「どうやったら心中が失敗するかなあ」と思った時に……心中に至るまでの道中を描こうと思って。これは近松門左衛門の手癖なのかもしれないですけど、本当は死にたくないふたりが最後に「死ぬしかない」って川辺とかに行く途中に、カラスがカアカア鳴いたり、「一緒になれないなら死ぬしかない」みたいな歌が聞こえてきたりして、そこから死を覚悟するのがひとつのパターンなので、その逆を描こうと思って。何かが聞こえてきて、笑っちゃって生き残るっていう。そうなったら、有線で何か曲が流れてきても、まず鳥貴族とかコンビニで死のうとしないよなって(笑)。
──確かに(笑)。
となると、最近は車離れとか言いますけど、やっぱりカーラジオだろうと。それなら外環道とか行っとくか、何が聞こえてきたら笑って死ぬのをやめるかな?って考えて──さっきの話ともリンクしますけど、そこで応援ソングとかコミックソングとか流れてきたら、僕だったら腹立って「絶対死んでやる!」って思うなあって(笑)。考えた結果、雨がそぼ降る中、外環道を走ってたら、まさに「心中失敗しました!」っていうタイトルの曲が流れてきたら、「いや、俺のことやないかい!」ってギリギリ笑うかなあ……みたいなことを3ヶ月ぐらい、ちょこちょこいじっては戻し、戻してはいじってを繰り返してましたね。「この曲を聴いて心中やめました、失敗しました」っていうのを、SFっぽいループものみたいな感じでやろうかなって。《衝突事故の渋滞はこの星をぐるりと周り/ふたりの背中まで連なるかのよう》って主題を提示することもやっておかないとって……もう本当にロジック、理屈理屈で組んでいって、あとはバイオリンで壮大にしていくっていう(笑)。最初に手をつけて、最後にできた曲で……その甲斐あってか、いい曲になったなと思うんですよね。あんまり世の中にない曲になったなあって。
──EP『輝くもの天より堕ち』には“ひとつの曲ができるまで”がありましたけど、今作の最後は最後は“ひとつのバンドができるまで”。この曲がエンディングとしてあって、また最初の“旧世界紀行”にループしていくような感覚もありますよね。
ずっとグルグルしてますね。さっきの“東京外環道心中未遂譚”もそうですけど、ループものみたいな感覚が、SFオタク的に好きな部分もあるので。これは逆に、手をつけたのは最後でしたけど、歌詞は一瞬でできましたね(笑)。ギミックで言うと、2小節ごとぐらいでBPMが2とか3とか上がっていって、最初と最後でBPMが40ぐらい違うんですよね。どんどん加速していって。スタジオでホワイトボード持ってきて、「ここからここまではBPMが86で……」みたいなことを地道に何回も何回もやって(笑)。タイトル通りでもあるけど、いちばんバンドらしいっていうか、みんなの力で作った部分もあるし。そういう作り方をした曲が、結果的にいちばん短期間でできたっていうのは示唆的かなあって。“旧世界紀行”もそうですし、ここまでの曲は全部そうですけど、僕の曲って基本、僕の話か、嘘しかついてないっていう(笑)。でも、「みんなでやってるんだよ」みたいな話にしとかなきゃいけないなっていうのもあるし。結局バンドでやってることなんで、ここはこのアルバムの中には当然入ってこなきゃいけないだろうって。悪し様に言うようで気が引けるんですけど、あいつら──僕も含めて、ヘタクソなんですよね(笑)。
──いやいやいや(笑)。
そこで「できないこと」のおかげで、逆に社会と繋がれてるし、良くも悪くも大衆性を保てているわけで。その中で、何がいちばん面白いだろうか?って探していくのも……面白さでもあるし、伝わりやすさの担保にもなっている感覚はあるんで。まあ、それでもよくわからないバンドだなあとは思うんですけど(笑)、それも含めてバンドっぽいなあと思うんですよね。個人的にも、稚拙だけど、だからこそグルーヴ感がある、ドライブ感がある、っていうバンドのほうが好きなので。それが今はあっていいなあって……そういう話は、メンバー間でも普通にしてますね。「おまえらがそれを言うのは練習したくないからやろ!」って思うんですけど(笑)。