インタビュー=田中大
──昨年末からソロでの作品リリースを始めた理由をまずはお聞かせください。「今後伸ばしていきたいものはなんだろう?」と考えて、「歌を自分で書いていくのもやってみたい」と思った
M!LKの活動が10年目を迎えるか迎えないかくらいの時期に、お芝居も含めてメンバーそれぞれのお仕事の機会が増えてきたんです。そういう中で「自分が今後伸ばしていきたいものはなんだろう?」と考えて、もちろんお芝居もそうなんですけど、「歌を自分で書いていくのもやってみたい」と思ったんです。それを通してM!LKに還元できるものがあればいいなと。M!LKにはM!LKの色があるので、それを表現するために歌ったり踊ったりするのとはまた別のことというか、「自分の色で表現したらどうなんだろう?」と。それで、自分の生誕祭に向けて1曲作ったんです。
──“ノスタルジア”を初披露した2022年の生誕祭ですね(2022年12月10日に品川プリンスホテル クラブeXで開催した23rd anniversary LIVE 「Find Myself」)。
はい。ギターを弾いてみたい、曲も作ってみたいという想いで向き合ったのが、その生誕祭でした。
──芸能のお仕事としての出発点は、ダンスですか?
ダンスで、4歳の頃から始めました。ダンスを続けるために芸能活動を始めたようなところがあるので、歌のほうにこんなに注力するようになるとは思っていなかったです。M!LKを始めてからステージで表現することの面白さを感じるようになって、歌をもっと頑張りたい、と思うようになりました。
──“ノスタルジア”の初披露から音源リリースに至るまでには、かなりかかりましたね。
ずいぶん、温めましたね(笑)。「リリースはまだですか? 聴きたいです」という声をいただいていたので、ようやくお届けすることができます。
──“ノスタルジア”の作曲の作業は、どのようにしたんですか?
歌詞を書きながらメロディをつけたのをデモ音源として、僕のギターの先生でもあるCO-Kさん(高慶"CO-K"卓史)にお送りして、(所属の作家である)eimiさんに編曲をしていただきました。作ってくださったオケを聴いてびっくりしましたね。「こんなすごいことになるんだ!?」って。
──吉田さんが作ったメロディがよかったから、この仕上がりになったということだと思います。CO-Kさんもメロディを評価してくださったんじゃないですか?
どうなんでしょう?(笑)。「メロディすてきだよ」とCO-Kさんに言っていただいた記憶はありますね。
──スタッフさんたちも“ノスタルジア”に光るものを感じて、それがソロでの活動を後押しする動きに繋がったんだと思います。
「ずっと続けられるものでもない。やれるところまで」と思っているので、今のところはまだ可能性を感じていただけているというか(笑)。“ノスタルジア”を作った時は何もわかっていない状態だったんですよね。いろいろやっていくにつれて、まだスキルが足りないし、もっとやりたいことがあるな、というのが見えてきています。だからもっとスキルをつけて、今あるものも大事にしながら歌い続けていきたいです。
──向上心も創作のエネルギーになっているんですね。
そうなんだと思います。今の僕は「スキルがあって曲を書く」ではなくて、「スキルをつけながら曲も書く」なんですよね。その時の自分ができる全部を収めたデモをお送りして編曲とオケをお願いしています。手厚くサポートしてくださるみなさんがいらっしゃるので、自分ができることを全力でやりたいと思っています。
──リスナーとして好きで聴いてきた音楽は、どのようなものでした?M!LKはみなさんに元気になっていただくポジティブな曲が中心なので、自分のソロの曲では生活感のあるものを描いてみたい
4歳からダンスをやっていたので、ずっと洋楽だったんです。「観に行きたい」と言って観に行った初めての映画がマイケル・ジャクソンのドキュメンタリーの『THIS IS IT』だったくらいなので。そういう時期を経て、中高生の頃にback numberさんとかの邦ロックに衝撃を受けて「やばっ! めっちゃいい!」ってなって、日本の音楽全般にのめり込んで聴くようになりました。
──もともと音楽は「聴く」より「踊るためのもの」という感覚だったんじゃないですか?
そうですね。音楽を使ってダンスを表現するという感覚だったので、M.C.ハマー、2PACとかをリズムに乗るために聴いていました。あとはニッキー・ミナージュが出てきた瞬間に、「すごすぎるな!」って驚いたのを今でも覚えていますね。MVがほぼピンクでびっくりしたんです。あとは、ジャスティン・ビーバーの“Baby”を聴いて、「こういうのもあるんだ?」って思ったりもしました。
──2022年の生誕祭の時は、カバー曲も歌っていましたね。米津玄師の“感電”、星野源の“SUN”、back numberの“エンディング”など。back numberはかなり好きですよね?
中高生の頃にいちばん聴いたのがback numberさんで。歌詞の繊細さに惹かれて、歌詞を見ながら聴くということを初めてしたのも、歌詞でいろいろなことを描けると知ったのもback numberさんからだったと思います。周りは“ヒロイン”や“クリスマスソング”とかを好きな人が多かったですけど、僕はカップリング曲とかがめちゃくちゃ好きでした。“助演女優症”“ささえる人の歌”“チェックのワンピース”“電車の窓から”とか。普段他の人には見せたくないような部分を表現するのっていいなあと。M!LKはみなさんに元気になっていただくポジティブな曲が中心なので、自分のソロの曲では生活感のあるものを描いてみたいと思っています。
──“ノスタルジア”も内面の心の動きを描いていますね。
自分の将来と大切な人を天秤にかけた時の感情の揺れ動き方を描いた曲です。
──鹿児島から上京した時のことも思い出しながら歌詞を書いたんじゃないですか?
上京したのは中3の夏休みで、あの時は親友のひとりにだけ上京することを前もって伝えて、他の人たちには夏休みに入る日に「明日から上京します。転校します」って言ったんです。事前にみんなに言って寂しがられるとますます寂しくなると思ったし、夢しか見ていなかったので。でも、そのことに対する後悔もあって、この歌詞はその体験を恋愛に落とし込んで描きました。女性目線の歌詞ですけど、それによって自分の中にある弱い部分、「女々しい」と言われたりもする感情をしっかりと描けた感覚があります。
──“ロータリー”も女性の視点から描いた歌詞ですね。
女性目線にすると繊細に描ける気がしています。そのほうが描きやすいというか。
──男性の小説家が女性視点で描くのも、そういう面があるんでしょうね。太宰治の『斜陽』とかもそうなんだと思います。
僕は『人間失格』『斜陽』、谷崎潤一郎の『痴人の愛』とかを読んで、「いいなあ」って思っていたんです。だから繊細に描きたいけど、自分と同じ男性目線だとあれだから女性目線にしちゃう、というのはあるのかもしれないですね。小説は小学生の頃から好きで、「ドッジボールしようぜ」とか言われる時以外は休み時間に図書館にいたので。涼しいからというのが最初の理由だったんですけど、小説をたくさん読むようになって、夏休みは図書館に行ったりしていました。
──『痴人の愛』は面白いですよね。好きになった女性に振り回されて堕ちていく様の描写がなんとも言えないです。
最高ですよね。振り回されているあの感じがめっちゃいいし、「気持ち悪っ! つらっ!」ってえずきながら読む感じ(笑)。怖いもの見たさみたいな感覚で読んでいました。
──人間の情けない部分を表現した作品に心動かされる感性は、吉田さんの創作にも活きているんだと思います。
そういう作品に出会えた環境も今に活きていますね。特定の小説家の作品を掘り下げて読むというわけではないんですけど、満遍なく読んできています。
──海外文学は?
シェイクスピアくらいですね。芝居の勉強をする時に埼玉の劇場で上演されていた蜷川幸雄さんのシェイクスピアの舞台を観に行ったんです。それがきっかけで戯曲も読んでみました。蜷川さんの作品はDVDでも観ましたし、演出が吉田鋼太郎さんになってからも見学に行かせていただいたり、劇場で観たりしています。
──吉田さんが書く歌詞の日本語がとてもきれいな理由がわかった気がします。“ノスタルジア”の《逸らした目線の先には/消えかけた飛行機雲》とか、文学作品に触れてきていない人からはなかなか出てこないでしょうから。
冗談っぽく言うと英語がわからないので(笑)。日本語の大事なところを押さえていきたくて、全部日本語でちゃんと書きたいなというのは思っています。どこまで伝わるのかはわからないですけど、自分が思う日本語の感じは伝えたいですね。