【インタビュー】ひとひらは単なるシューゲイザーバンドではない。人間の「生」の循環を描ききった深遠なる最新作『円』について


鮮烈なシューゲイザーサウンド、ポストロック的な音像、そしてどこか遠くから語りかけてくるような美しい歌とメロディ。ひとひらというバンドは現在の日本の音楽シーンで稀有な個性を放つバンドだと思う。空間を支配する心地好い轟音ギターはまさにシューゲイザー。まずその音世界に強く引き込まれるが、そこで歌われる内容の深遠さもまたひとひらの魅力なのである。前作のアルバム『つくる』から約2年を経て、新たにリリースされた2ndアルバム『円』は、人間の営みや他者との繋がりが円環をなして「続いていく」ことを描いてみせた見事なコンセプトアルバムだ。ひとつのアルバムでここまでのテーマを表現しきる作品にはそうそう出会えるものではない。ひとひらはなぜ今、この『円』という壮大なテーマに行き着いたのか。バンドのソングライターである山北せな(Vo・G)が、バンドにとっての最高傑作というべきこの『円』について、深い部分までじっくりと語ってくれた。

インタビュー=杉浦美恵


自分たちが「これかっこいいよね」と作ったものが、正しい広がり方でたくさんの人に届いたということが何より嬉しかったです

──ひとひらが結成されたのは2021年ですが、どういうきっかけで活動を始めたんですか?

結成したのは自分が大学2年生のときでした。高校時代は軽音楽部でバンドをやっていて、卒業後はコロナ禍だったので何もしていない時期があったんですけど、ふとしたタイミングでまたバンドをやりたいと思って。そこで誘ったのが高校時代に一緒にやっていた古宮(康平/G)と吉田(悠人/B)。当時のドラムはもう別のことをしていたので、新たに大学のサークルの先輩にサポートで入ってもらって。それが梅畑(洋介/Dr)。のちに正式メンバーになりますが、この4人で活動を始めました。

──山北さん自身は、以前から曲作りをされてたんですか?

中学生のときにギターを始めて、誰に聞かせるでもない曲を作り始めて。高校の軽音部はオリジナル曲も積極的にやっていく部活だったので、高校生のときには自作の曲を演奏するようになりました。

──そもそもはどういう音楽に触発されて?

音楽を始めたきっかけがKANA-BOONなんです。それで高校の頃はパワーコードと4つ打ちみたいな曲から始まって、そのあと、きのこ帝国に出会ってシューゲイズ的な音楽に興味が湧いて。同時にthe cabsも聴き始めたりして、そこからはテクニカルなギター曲を好んで聴くようになっていきました。ひとひらを始めてからは海外のアーティストもたくさん聴くようになって、どんどん音楽の幅は広がっていきましたね。

──実際に現在の4人が集まって音を出していく中で、山北さん自身もかなり手応えを感じたのではないですか?

そうですね。バンドを始めたときは、ただ自分たちが好きな音楽をやりたいだけだったんですけど、前作のアルバム『つくる』を出したあたりから、たくさんの人に聴いてもらえるようになって、自分が好きで作っているだけのものが、こんなにたくさんの人に聴いてもらえるんだなと実感するようになっていきました。嬉しかったのは、狙って作ったものではなかったということ。自分たちが「これかっこいいよね」と作ったものが、正しい広がり方でたくさんの人に届いたということが何より嬉しかったです。

──今回の『円』は、前作『つくる』と地続きにありながら、もう一段、視点が高くなったような、もっと広く物事の本質を見ているような作品になりました。一聴して圧倒されました。

ありがとうございます。

──前作のラスト曲“こわす”では《こわすためつくっている》と歌っていて、「作る」と「壊す」がひとつの線で繋がったような作品でしたが、今回は楽曲たちが円環をなして、人の「生」や「営み」を「円」として描いています。とても壮大なテーマですが、山北さんの中では、その思考はどう芽生えて、広がっていったのでしょう。

前作は、自分の内面と向き合った詞世界でした。その理由を考えてみると、就職活動をしていた時期に作っていた曲が多くて、文字通り、今後の自分の人生を作っていくような渦中にいたというのが大きく影響していたと思います。そして今作『円』については、就職活動も終わり、社会人になってから制作した楽曲が多かったので、自分の人生に加えて「他者との繋がり」を強く意識するようになって、やはり人はひとりでは生きていけないという考えに至ったことが前作とは違う部分かなと思います。その結果「広がった」と受け取ってもらえるものになったのかなと。前作で「個」としての作品は完成できたと思えたので、もっと視点を広げて、他者との関わりや、もっと長い目で見た歴史的な「継承」みたいなものをテーマとして描きたいと思いました。

自分が好きなアーティストも絶対何かに影響されて音楽を紡いできたわけで。それが続いていくというのは、ほんとに命と同じだなと思います

──1曲目“十二月-Departure”でアルバムにおける壮大なテーマが提示されて、続く“See off”でそのテーマが日常に降りてくる。そこからは、命が生まれ落ち、守られ、痛みを知り、愛を知り、別れと孤独に向き合いながらも、最後には「今を生きる」ことへと着地する。その営みが円環をなして、また1曲目と繋がる。そんなテーマが、説明的な歌詞ではなく、音像と、聴く者の想像をかりたてる言葉で紡がれていますね。

理解してもらえて嬉しいです。始まりと終わりの曲は最初に決めていました。この循環は今自分で見てもよくできているなあと思います(笑)。

──山北さんの年齢でこのテーマを表現しきっているのが驚きました。やはり、日々こういったことを考えることが多いですか?

そうですね。変に悩みながら生きているタイプではあるので、無自覚でそういうことを考えています。なのでこのアルバムは、普段思っていることを歌詞にしただけのものでもあるんですよ。結果として自分の人生を映したようなアルバムになったという感じです。

──美しさと不穏さの入り混じる音像も素晴らしいです。このテーマを言葉だけでなく音像でしっかり表現することにもすごく意識的ですよね。前作以上にサウンドにダイナミクスを感じます。

サウンドで意識したのが、おっしゃっていただいた通りダイナミクスなんですよ。前作は正直、うるさい曲ばかりだったし、これまでの曲で歪まずに終わる曲っていうのはあまりなかったんですけど、そういうところからも一歩離れてみようと。サウンド面でいうと、今回はやはり「継承」というテーマが色濃くあって。音楽も「継承」だと思うんですよね。バンドやアーティストは必ず何かに影響を受けていて、その連鎖でしかないと思っているんです。模倣というわけではなく、歴史として存在しているバンドの音、その流れを意識しながら紡ぐサウンドにしたいというのは考えていました。

──たとえばどんな「継承」を意識しましたか?

下北沢ERAというライブハウスに僕らもお世話になっているんですけど、そこには日本のエモシーンに名を残すバンドがたくさん出ていて、今回の1 曲目などは特に、そこに出ていたバンドにすごく影響を受けて作った曲でもありました。今はERAがホームのような場所なので、僕ら自身はERAの歴史の末端に立っている存在だと思います。自分もその流れ、歴史を繋いでいく存在になりたいなと思っていたので、そこは意識しましたし、この流れが次の代にも続いてくれたら本望ですね。

──その「継承」が、山北さんにとっては音楽をやる重要な意味のひとつなんでしょうか?

そうですね。自分が好きなアーティストも絶対何かに影響されて音楽を紡いできたわけで。それが続いていくというのは、ほんとに命と同じだなと思います。その歴史の流れがあって、今の音楽シーンは成り立っていると思うので、そこにすごく美しさを感じます。

──いろいろなテーマが重なって円をなしている作品ですが、これを一言で説明しようとすると、すごく哲学的で抽象的になりますよね。でもそれをちゃんと日常の自分事として捉えられるのが、このアルバムのすごいところです。

『円』と名づけたタイトルではあるんですけど、そこに込めた思いはほんとにいろいろあって。でも単純に、入り口は「このバンドサウンドかっけえな」っていうだけでいいと思っているんです。で、かっこいいなと思って歌詞を見ていくうちに、さらにそこには深いテーマがあると気づいてもらえたら嬉しいですね。前提として音がかっこいい、アレンジがかっこいいというところをいちばん大事にしています。

──そして“See off”などは、そのサウンド感でありながらポップなんですよね。メロディが耳に残ります。

それも前作から変化した部分ですね。単純に自分の作りたいものを作るというのは、今作でも基本的には変わっていないものの、今回は初めて「誰かに聴いてもらう」ということを意識して作ったアルバムだったので、どういう音楽をやればみんなが面白がってくれるかなっていうことは考えていました。

──それもさっき言っていた、「他者との繋がり」というテーマに繋がりそうですね。

間違いないです。


「円」というテーマでアルバムを作るにあたり、どうしても「親子」という関係性は無視できないもので。今までの自分だったらこんな歌詞は絶対に書かなかったと思う

──特に“その景色”という曲にはそのテーマが色濃く映し出されていると思います。中国でのライブ経験がこの曲を書くきっかけになったとのことですが、そのライブでどんなことを感じたんでしょう。

中国のライブで演奏をした時、言語がまったく違うはずなのに、自分が日本語で作った歌を、日本語のままみんなが歌ってくれてるのを見て、これはすごいことだなって思って。自分が楽しむためだけに始めたバンドなのに、それが海を超えた先の、名前も知らない、国籍の違う人たちにまで届いていたんだなと。バンドを続けていなかったら、それは見ることはなかった景色ですよね。中国での体験だけじゃなく、この曲で言っている「景色」というのは、すべて自分がこれまでに採ってきた「選択」の結果であるということで、そういう景色はすごく大事にしたいなと思ったんですよね。

──歌唱も、これまでの作品とは少し違うニュアンスですよね。

ボイトレに通い出したんですよ。今はちょっと休止中なんですけど(笑)。もともと歌は全然好きじゃなかったんです。でも、最近は楽しいかもって思えるようになってきて。なので歌と向き合って作った楽曲が多いというのも、前作との違いかもしれないです。

──ライブを重ねていくごとに歌が楽しくなってきた?

ライブもそうですし、ボイトレの練習も楽しいなと思えて。就職して仕事を始めたので、仕事終わりにそのままボイトレに行くという感じだったんですが、シンプルに歌うことがストレス解消になっていたのかも(笑)。大学生時代に比べてストレスを感じることも多くなったぶん、より音楽というものが自分にとっての娯楽になっていて。その中で歌うことの楽しさみたいなものに気づいたんだと思います。

──それはギターを弾き倒すのとはまた違った解放感?

そうですね。ひとひらの良さとして、このギターサウンドがあったうえで自分のポップな歌が乗るというのが強みだと言ってもらうことが多かったので、じゃあ歌をさらに伸ばしたほうがバンド的にもいいよねという意識からボイトレを始めたんです。そしたら楽しくなっちゃって(笑)。

──そしてもう1曲、“小さな亡霊”という曲は、山北さんの幼少期の記憶がもとになっている曲だと思うのですが、これは今回の『円』というテーマを最も具体的に感じられる曲だと思うんです。もしかしたら、この曲に描かれている景色って、今回の『円』という作品制作に最も大きな影響を及ぼしているんじゃないかなと思って。

ほんとにその通りです。「円」というテーマでアルバムを作るにあたり、どうしても「親子」という関係性は無視できないもので。今までの自分だったらこんな歌詞は絶対に書かなかったと思うんですけど、年齢的にも親という存在のありがたさを感じるようになってきて。幼い頃に、祖父母の家の前で父親とキャッチボールをしたときの記憶がずっと残っていたんですよ。その当時は正直めんどくさいなあって思いながら、そういう時間を過ごしていたように思います。でも、そんなふうに一緒に遊んでくれたりして、近かった距離感が、思春期が訪れて会話も減って、最近ではひとり暮らしを始めて実家を離れたこともあって、余計に離れてしまった。でもどんどん、自分の年齢は当時の親の年齢に近づいていて、あのときの親の気持ちがわかるようになってきて。ふと、あのキャッチボールしたりした時間は、すごく大事な時間だったんだと気づいたんですね。そうして一周回って自分の目線が親の目線に重なっていくというのが、今回の「円」というテーマにすごくマッチしていて、今回、絶対書いてみたいと思ったのがこの曲でした。この親子の関係性も「円」というか「循環」なんですよね。今作の中で最もパーソナルな曲です。

人生は有限ではあるけれども、歌が聴き継がれていくことで、その有限を否定できるかもしれないということを今作では表現したかった

──“小さな亡霊”があることで、今回のテーマの解像度がグッと上がった気がしました。そして先行リリースされた“夏至”。これは別れの歌ですね。美しくて激しいギターの音色も耳に残ります。

自分でもなんでこんな歌詞が書けたんだろうって思うんですけど、「卒業」というのはひとつ大きなきっかけとしてあったと思います。卒業は人との別れでもあり、学生時代の自分自身との別れでもある。楽しかった時間に別れを告げなければいけないというのがあって、当然そのタイミングで関わりを持たなくなっていく人がいますよね。具体的な話でいえば、自分は大学時代の4年間、塾講師のバイトをずっとしていたんですけど、4年間ずっと見ていた生徒でも、バイトを辞めれば確実に会うことはなくなるわけで。そうやって一瞬だけ交わる時期があり、また離れていく。そしてその過去にはもう戻れない。「今」だったものもすぐに過去になってしまう。人生はその繰り返しでしかないのだなと。過去と言われるものが連なって「今」に至っているという思いが強く湧き上がってきたんです。終わりでありながら、そこから始まるものがあるということを考えていました。

──この曲は轟音ギターの背後で、遠くに悲痛とも思える叫びが聞こえてきます。あれは何を表現しているのでしょう。

もともとはあのシャウトのパートはなかったんです。アレンジも全然違うアレンジだったし。あそこの歌詞は公開するつもりはないんですけど、いちばん言いたいことが実はあのシャウトパートに詰まっていて。ざっくり説明すると……いや、言わないほうがいいか(笑)。少しだけ言うと、あそこは「今」を肯定したいという気持ちが込められていて。加筆して、そこで初めて“夏至”という曲が完成したと思います

──それがこのアルバムのエンディングにまで繋がっていくような気がします。最後は“円”というタイトル曲で、まさに「今」にフォーカスした曲で終わる。「今」を大切にしていくことで続いていく「円」があると。その重要な結論に辿り着きます。

そうですね。最後の《私のいつかの姿が「無意味」としても/今日あなたと明日を繋ぐよ》という歌詞の通りなんですが、いずれ死んでいくという結末が決まっているうえで、ではなんのために人生があるのかと考えたとき、生きていてよかったなと思う一瞬一瞬の連続があるからこそ、次に繋げていけるのだなと。本当に、自分が何かを歌った瞬間も過去になっていく。そこに意味なんてないんですよ。でも一日一日、一瞬一瞬に、すごく充実した瞬間があればこそ、それ自体は無意味なのかもしれないけど、それがその先に意味をなしていくこともある。そんなことを思いながら、最後の一節の歌詞を書きました。

──それがさっき山北さんの言っていた音楽の「継承」というテーマとも繋がるわけで。シューゲイザーのサウンドには、その「今」の儚さと尊さが映し出されているのかもしれないですね。

“円”にはすごく長いアウトロがあって、ずっと続いていくんじゃないかと思うような長さであっても、それがいつしか消えて、こと切れるような終わりなんですね。いずれ終わりが来る、そういう肉体的な終わりをここで表現しています。

──人間の生の有限というか、ひとつの終わりがここで描かれて、でも同時に無限でもあるということを描いたこのアルバムは、ここからまた1曲目へと円環で繋がりますよね。

ほんとにその通りで。自分が死んでしまったとしても、たとえば今回この『円』というアルバムを出した以上は、この音楽はどこかにずっと残るはずで。それがほんとに美しいことだなあと思うんです。ひとひらが終わったとしても、ひとひらに影響を受けたバンドがいる限り、ひとひらという炎は燃え続けるのではないかと思っていて。人生は有限ではあるけれども、歌が聴き継がれていくことで、その有限を否定できるかもしれないということを今作では表現したかったのだと思います。それが今作の結論だと思います。

──ひとひらというバンドは、今後どのような存在でありたいですか?

このバンドのいちばんの目的は、今の4人で末長くやりたい音楽をやり続けるということ。もちろんいろんな人が聴いてくれたら嬉しいし、そこは大事にしたいんですけど、なぜこのバンドを始めたかと言えば、自分たちがやりたい音楽を大きい音で鳴らしたいというだけだったので。それをずっと続けられたらいいのかなと思っています。なのでいちばんの目標は「おじさんになってもやりたい音楽を鳴らし続けること」です(笑)。

──それでいくとやはり「今」なんですよね。「今」の音を刻み続けていくという。

そうなんです。やはり続けていくこと。続けていけば、それを受け取ってくれる人が必ず出てくる。自分たちが続けていくということが、結果的に楽曲が残り続ける、広がり続けることになるんだと思っています。

●MV情報

”ひのめ”


●リリース情報

『円』

発売中
CD:¥3,300 (税込)/品番:PMFL-0041



●ツアー情報

hitohira en tour 2025-2026



提供:パーフェクトミュージック
企画・制作:ROCKIN'ON JAPAN編集部
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