今年、設立40周年を迎えているソニー・ミュージックアーティスツ(SMA)のアニヴァーサリー企画の一環であり、日比谷野外大音楽堂にて2デイズ開催を迎えたイベント「SMA 40th YO-KING & 奥田民生 presents 顧問豊作」。初日の9/20には現顧問・YO-KINGによる「キングって、エライよね」が行われ、翌21日は名誉顧問・奥田民生による「SMAカンタビレ風」だ。OTの「カンタビレ」と言えば、アルバム『OTRL』にも発展した2010年の一人多重録音ライヴ・ツアー「ひとりカンタビレ」や、ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2011で豪華アーティストたちを迎え“EBm”を完成させた「数人カンタビレ」など、生のレコーディング風景をステージ上から届けるというOT流ロック・エンターテインメントの極致。それを今回は、SMA所属アーティストたちの手を借りながら繰り広げようということである。長いレポートになりますが、ぜひお付き合いください。15時の開場同時スタート、しばらくして姿を見せたOTは、YO-KING、ヤックこと八熊慎一(SPARKS GO GO)、山内総一郎(フジファブリック)らと談笑しながら、ギターをいじったりしている。
そして15:28、ホイッスルを吹き鳴らして挨拶するOT。「昨日は、ここにいるYO-KINGが普通に素晴らしいライヴを。良かったですよね。ただ、天気がね。そこはわたくし! 今日はきっちりと晴れに仕上げて来たんで!」と喝采を誘う。「いつもやってるカンタビレ・スタイルで、一曲を録るところを観て頂くという。全然盛り上がらない。ずっと観てなくていいんで、ダラダラと観てください。何よりも、我々がダラダラするんで」と語りながらさっそくレコーディングに向かう。初っ端から談笑しているように見えた序盤は、実は「もうこっそりアコギを録っちゃいました」と、既にベーシック・トラックの制作に突入していたらしい。客席には音が出ていないので、まったく状況が掴めなかった。ダラダラしているようでさっさと仕事に取り掛かっているOT、気を抜いてはいけない。
●ベーシック・トラック
さて、まずはギター、ベース、ドラムスの3ピースによるベーシック・トラック。ミディアム・テンポのブルース・ロック1曲の途中で、サウンドが切り替わる構成になっているらしく、ここでスパゴーからテッチことたちばな哲也(Dr)、そしてお兄ちゃん・橘あつや(G)も登場。前半をOT(Dr)/山内(G)/ヤック(B)が、後半をスパゴーが受け持つということで、ヤックは長さの異なるストラップで2本のベースを抱えている。いきなり大変だが、もちろん観る側としては面白い。ステージ上のスクリーンにはプロトゥールスの画面がモニターされており、OTとサポートのエンジニアが逐一チェック&編集、納得のいくまで録り直しを行う。スパゴー・パートに切り替わったときの、音がぎゅっとタイトになるような阿吽の呼吸はさすがだが、OTから「切り替えは良かったけど、その後ずっと間違えてた!」とツッコミが入ったりもする。スパゴーからイチ抜けしたのはテッチ。この顔ぶれでミスを指摘されない山内は凄いな、と思っていたら、「なんかおかしいなあ」と細やかなチェックでミスを発見され、申し訳なさそうに山内が挙手して「お前かー!!」と声を浴びる。楽しい。
●キーボード
ベーシック・トラックはOKというところで「ドーナツ持って来てー!」と休憩し、デビュー前の若手シンガー・田中美里が運び込んでくれるドーナツを堪能する面々。2台のドラムセットはバラされ、ソファとテーブルが持ち込まれている。転換や編集作業の合間には、最初からいるレギュラー4人が弾き語りパフォーマンスを行うということで、まずはジャンケンに勝ったYO-KINGが“Hey! みんな元気かい?”を披露した。そして今度はキーボード録音に突入し、ここで登場したのは斎藤有太と渡辺シュンスケ(Schroeder-Headz)である。それにしても、いちいち凄い顔ぶれ。斎藤はハモンド、渡辺はエレピ担当で、「レスリースピーカー、これ古いやつ?」とOTが食いついたり、サウンド・チェック中に後ろのソファで「徹子の部屋」のモノマネをやっているヤックが「うるさい! 喋れない!」とムチャクチャなことを言ったりと妨害を受けながらも、2人は難なくクリア。斎藤の自己申告で一カ所だけ修正していたが、OTも「全然わからん」と言うぐらいの、こだわりの修正だった。そして急遽、ムーグ・シンセを加えるために参加したのは金澤ダイスケ(フジファブリック)。「俺、さっき弾くことが決まったんですよ(金澤)」「俺だってそうだよ。オクトーバーフェストやってたんだから(YO-KING)」と一枚上手の顧問にやり返され、もっと盛り上げろー、といった風に腕を振る面々やオーディエンスの中、ムーグを派手に弾き倒す金澤であった。
●ストリングス、ギター・ダビング
2度目のジャンケンで勝ち、(一瞬頭を抱えてから)喜んで弾き語りに向かったのは山内。繊細でサイケ・フォークなギターが映える、テンポを落とした“STAR”のじわりと胸に迫る名演だ。回線の準備にまだ時間がかかるということで、続いてOTも“風は西から”を披露する。アンコールを囃し立てながら「ああいうAメロだったんだ……」と呟くのはヤックである。準備が整ったところで、佐藤帆乃佳カルテット(ヴァイオリン×2、ヴィオラ、チェロ)が登場、なのだが、ここで蝶ネクタイ姿の桜井秀俊(真心ブラザーズ)がヴァイオリン奏者としてカルテットに加わっており爆笑を巻き起こす。「まさかのファースト(・ヴァイオリン)!?」「(特注の肩当てに触れて)なで肩なのにね」とさんざん言われながら「うるさーい!!」とやり返し、いざ録音となってからも桜井自身が率先して笑い出してしまうようなパフォーマンス。プロトゥールス画面を指して、「あからさまに(音量)レベルが低いです。細いです」とOT。それでもどうにかダブルまで録音し、ストリングスOKである。転換中には「夜になって来たねえ」「キャンプファイヤーとかやりたいね」「倶知安でやりたいね」「し放題じゃん」といったトークから、ヤックの弾き語りへ。ソロ名義でリリースした初の作品『Hitori Album』から“TODAY”。メッセージがすとんと腑に落ちる、そんなパフォーマンスだ。
そしてギターのダビングに登場したのは、頭にインディアンのような巨大な羽飾りをつけた白井良明(ムーンライダーズ)。完璧に身体と心が温まったコンディションの、いきなり昂ったギター・プレイに舌を巻く。「起承転結ですかこれ? ずっと承じゃないですか!」とOTも嬉しい悲鳴を上げていた。またまた煽りサインの中で後半部分も録音し、あっという間にクリアの超プロフェッショナルな一幕だった。かっこいい。続いてはヴァイオリンのダビングで、ショッキングピンクのド派手な衣装を纏った桜井が再度登場する。「出て来たとき、ローリーさんかと思った」「風が吹くねえ! T.M.Revolution!!」と囃し立てられる中でプレイし、ヴィンテージ・アンプ風のエフェクトをかけるという仕上がりに。「ギターにしか聴こえない」と感想を漏らしながらも、OKである。
●ヴォーカル
「オケはほぼ出来た。歌いきますか!」というOTの言葉を合図に、いよいよヴォーカル録りに突入。「北の〜♪(“北酒場”)」「ありの〜♪(“レット・イット・ゴー〜ありのままで〜”)」といった発声練習を経て、まずはOTがサクサクと録音。「ハンコ」がキーワードになっている歌詞だが、まだ全体像は見えない。そしてヤック、YO-KINGと各パートを進め(YO-KINGパートは真心ファンがニヤリとさせられる歌詞も)、3人のハーモニー・パートへと順調にOKが出てゆく。「あれは?《こことここにハンコください》は?」「あとで。バラすな」といったやりとりを経て、Aメロを託される「専用歌手」は住岡梨奈だ。意気込みをひしひしと感じさせながら、「こういう気持ち、忘れてるよね……」と漏れ聴こえる言葉の中で録音に臨む。キュートな節回しの、フレッシュな歌声が歌詞のストーリーを浮かび上がらせてくれていた。終盤のパートも「負けないで!(OT)」「負けない!(住岡)」「負けてねえし!(ヤック)」といったやりとりを経てきっちり歌い上げ、ユーモラスな歌詞が笑いを残してゆく。
●コーラス
続いてはバッキングのコーラス録り。まずは川畑要とヤックが2人で歌うパートだ。手応えを確かめながらOTの指示がちょくちょく変更されるので、「俺たち、デビューできるまで頑張ろうぜ!」とやる気を振り絞りながらの熱演になった。さらに、YO-KING+山内の予定だったコーラス・パートが、せっかくだからと川畑+山内のパートに急遽変更され、こちらもOK。その後には、この日観に来ていたというSMA所属アーティストのワタナベマユ、トミタ栞、ucary valentine、蒼山幸子(ねごと)、大貫亜美(PUFFY)、福岡晃子(チャットモンチー)、近藤洋一(サンボマスター)、加藤慎一(フジファブリック)らを含め、出演者全員が揃い踏みの賑々しいコーラス録音が繰り広げられる。ここでOT、身を乗り出すようなアクションでノリを伝え、「(テンポが)走ってる。早く帰ろうとするんじゃない!」「ハンコくれ、っていう心意気が要るんだよ!」とプロデューサー気質が全開である。勝手に男性チームを離れたヤックが女性チームに混じると「あのねえ、男子が上手くなった(笑)」と告げ、最後にはオーディエンスも交えてのハンド・クラップ録音も行われた。
●ミックス・ダウン
さあ、ミックス・ダウンの間、誰かに弾き語りを行わせようとするOTだが、逃げ帰るようにステージから去っていくアーティストたち。「住岡!」と名指しで呼び止められた住岡梨奈は、アドリブでオーディエンスを煽り立てながら、敢えてオリジナル曲ではなくテイラー・スウィフトの“WE ARE NEVER EVER GETTING BACK TOGETHER”をカヴァーする。クラップと歌声を誘い、自身もどんどん調子を上げてゆく、度胸一発の大熱演だった。「誰よりもちゃんと盛り上げてた」「ああいうコール&レスポンス的なの、ないのよね……」「観たことない」と零すレギュラー陣、そしてOTは絶妙なアレンジを効かせた“マシマロ”に無理矢理コール&レスポンスを捩じ込み、リクエストに応えて“野ばら”も弾き語りする。忘れていたというキーボード・パートを斎藤有太に弾いてもらう間、ヤックは演奏中の斎藤におもちゃのツノ(電飾)を付けようとして落っことしたりと邪魔ばかりしている。空き時間のグダグダ感に痺れを切らしたか顧問・YO-KING、「桜井さま、桜井さま、楽屋にいらっしゃいましたら、至急ギターを持ってステージにお越し下さい」と業務連絡を飛ばす。今度は私服で登場した桜井の様子から察するに、ガチでアドリブの呼び込みだったようだ。真心ブラザーズが“サマーヌード”で盛り上げてくれる。
●楽曲完成
さあ、開演から約5時間、いよいよ楽曲がほぼ完成というところで、「残っている人全員で聴きましょう」とあらためてアーティストたちを呼び込むOT。楽曲タイトルは“ハンコください”で、スクリーンには歌詞も表示される。OTは、このリスニングに合わせて、最後のパートであるタンバリンを挿入しようというところ。遂に全貌が明らかになった“ハンコください”は、とてつもなく壮大で、感動的なロック・ナンバーだった。若いOL役として歌い出す住岡梨奈は、一日の仕事終わりに上司のハンコを求め、それに対して上司たちは説教を始めたりする。つまり、「ハンコをもらう」「ハンコを捺す」という行為を巡って、様々な立場の人の様々な思いが交錯する群像劇の一曲なのだ。後半、OTが「ハンコを捺す」という行為にかける覚悟と情熱と愛をエモーショナルなヴォーカルに込め、クライマックスを迎えてゆく。上司の思いは部下にどう伝わるのか。その結末は。今のところ、Android OS端末のみ対応(iOSは来月対応とのこと)「M-CA MUSIC カード」で限定リリースということだが、いずれ、より多くの人が触れられることを望みたい。
完成した“ハンコください”の衝撃は、普通じゃなかった。ヤックに2本ベースの無茶ぶりをしてでも楽曲の躍動感とステージ演出の面白さを両立させ、ユニークな歌詞を小出しにしてオーディエンスを笑わせながら興味をそそり、録音の段取りを考え抜いて全貌をひた隠し、ここぞというところで豪華アーティストたちを仕切り、最後の最後に思いっきり感動させる完成形が用意されていた。SMAアーティストたちの名演の数々もさることながら、もう、圧倒的にソングライターで、圧倒的にプロデューサーで、圧倒的に名誉顧問な奥田民生が、“ハンコください”の中にはいた。この翌日には、ソロ・デビュー20周年弾き語りライヴ「いきあたり股旅」の最初の舞台である故郷・広島に駆けつけるOT。頭が下がるというより他にない。(小池宏和)
SMA 40th YO-KING & 奥田民生 presents 顧問豊作 奥田民生 day 「SMAカンタビレ風」@日比谷野外音楽堂
2014.09.21