ほんの数日前まで、35度以上の猛暑が続いていたメルボルン。幸い、この日は最高温度26度という、涼しいくらいの気持ち良い気候で、まずはほっ。
場内には、DJテントなども含め7つのステージがあり、約76アーティストが出演。基本的にどのステージも開演が午前中、終演が夜の10時から11時頃というタイム・スケジュールになっている。
この日、個人的に期待していたのが、グリーンとエッセンシャルという2つのサブ・ステージで、ほぼ交互に行われる、リトル・レッド→ザ・ティン・ティンズ→ブラック・キッズ→TVオン・ザ・レディオ→マイ・モーニング・ジャケット→ザ・ドローンズという流れだ。まずは、会場到着と同時に、今年から配置が変わったと言われていた両ステージをチェックしに行く。
大きな違いは、去年まではステージがテント内に横並びに設置され、交互にアーティストが出演していたのが、今年は徒歩数十秒という距離ながら、2つに分けられ、さらに屋外ステージとなったこと。それでも、スケジュールは微妙に被りながらも、充分、両ステージを観られるようになっているところが嬉しい。また、屋外ステージとなった分、観客キャパも格段と増えたし、なんと言っても、メイン・ステージから一番遠いところに立てられている点も、「今年は会場の環境改善にかなり力を入れた」という主催者側の言葉に期待できそうな予感がする。昨年、一昨年は、メイン・ステージから数百メートルのところに設置され、音が聞こえてくると言うより、混ざってしまっていたほどだったからだ。
さて、この日一番にチェックしたのは、地元出身の4人組ガラージ・パンク・バンド、エディ・カレント・サプレッション・リング。去年、地元紙のブレイクスルー・バンドに選ばれた彼らだが、特徴はと言えば、ボーカルのブレンダンが革の手袋をしてステージに立つこと。彼の中の別のペルソナを引き出すための小道具らしい。ライブは残念ながら、鋭さに欠ける演奏で、12時半という時間帯のせいだったのか、観客ともいまいち絡めていない印象を受けた。
反対に次に観たユース・グループは、やはりフェス経験も多いためか、安定した手堅い演奏で、観客を温めていく。終盤、米ドラマ『The O.C.』にもフィーチャーされたカバー曲“フォエバー・ヤング”の演奏が始まると、周りのティーンが「なつかしい〜〜!」と叫びながら、ステージ前に大集合。な、なつかしいって……。彼らにとっては、ほんの数年も、数十年の感覚なのだろう。
そして、いよいよリトル・レッド。去年デビューしたばかりのメルボルン出身の5人組で、ベトナム系と日系のオーストラリア人を含むメンバー中、4人がボーカルを取るという、なかなかユニークなバンドだ。ラジオ等で楽曲を聴く限り、50年代、60年代ロックの影響をストレートに打ち出した、かなり忠実なレトロなサウンドなのだが、ライヴはその逆で、どの曲も古臭さを感じさせない、現代のロック・チューンとして成立していた。普段はぱりっとしたシャツに折り目のついたパンツといった格好のせいもあってか、女子ファンが多いらしく、ライブ開始直後は、アイドルかと見間違うくらいの黄色い歓声が上がったが、タイトな演奏でどんどんとほかの観客もひきつけていく。曲ごとに、ヴォーカルがころころと入れ替わるのも飽きさせない。これから先、何年も観ることになりそうなバンドに出会った気がした。
ついつい見入ってしまい、あわててザ・ティン・ティンズを観にグリーンに戻ると、完全に観客キャパ・オーバー。これはブッキング・ミスではないだろうかと思わせるほどの数で、実際グリーン・ステージのこの日一番の集客率だった。なんとかステージ脇の坂になっているところによじ登ると、ケイティとジュールズが登場。グリーンのドレスを着たケイティは所狭しとステージを歩き周り、飛び跳ねる。特に観客を煽っているようには感じないのだが、オーディエンスはどんどんと盛り上がる。あと、ユース・グループのときには感じなかったのだが、サウンドが格段に良い。低音もつぶれることなく、クリアで、でも体にドスンドスンと響いてくる。前半はよりロックなサウンドで攻め、終盤にダンス調のナンバーを数曲立て続けに演奏し、最後は“ザッツ・ノット・マイ・ネーム”で最高潮に達して終了。
ここで、また急いでエッセンシャル・ステージに走る。ステージ前に場所を確保した途端に、ブラック・キッズがにこにこ手を振りながら出てきた。と思ったら、アリがいない。すると、数曲演奏してから、レジーから「今日は残念ながら、妹がいないんだけど、みんな気にしないで盛り上がってね〜。どうせ、妹は痛み止め漬けになってるだろうから」というコメントが。うーん、どうしたんだろう?と気になったのは筆者1人だけだったのか、周りはみんな、レジーに言われたとおり、全く気にせず、盛り上がっている。ザ・ティン・ティンズはほとんどMCなしに、有無を言わせぬパワーで観客を圧倒させながら、テンションを上げていったのが、ブラック・キッズは曲ごとに、ゆるーいMCを挟み、誰かの家で行われているパーティのような親密の雰囲気を作り上げていくといった感じで、全く正反対の印象を受けたライヴだった。
そのまま、次のTVオン・ザ・レディオに流れるつもりが、ザ・ティン・ティンズとブラック・キッズで盛り上がりすぎてしまったのか、予定よりも1時間も早く母乳が漏れ始めてしまった……。私事で恐縮ですが、現在5ヶ月の長男を授乳中の筆者は、この日は搾乳機持参で会場入り。途中で搾乳タイムを挟みながら、鑑賞してました。
出てきてしまったものは仕方がないので、TVオン・ザ・レディオを2曲で諦め(ソウルフルなヴォーカルと、これまで観たバンドは子供の腕試しだったのだろうかと思わせる圧巻の演奏力に、ぽかんと立ち止まって聞き入ってしまうほど)、メイン・ステージ脇の休憩テントへと向かうものの、途中のボイラー・ルーム・ステージで、ルーペ・フィアスコを発見。去年までは、ただの屋内テント、程度のしょぼいステージだったボイラー・ルームが、今年は会場外に1つ、テント内に2つのスクリーンが設置され、さらに凝ったライティングも用意されている。朝から、何やらどこかで盛り上がっているなあと思っていたのは、どうやらこのステージから聞こえてくる観客の歓声だったようだ。ダンス・アクトとヒップホップ・アーティストを中心としたラインナップの同ステージは、今年はプロディジーがトリを務めることになっている。
なにはともあれ、ルーペ・フィアスコ。生で聴く、スムーズな声もそうなのだが、それよりもステージ上での、まるでアスリートを思わせるしなやかな動きに釘付けになってしまう。ジャンプしても、ふわり、というのがぴったりで、着地も限りなくソフト。そうこうしているうちに、いよいよ母乳も滴り落ちそうになってきてしまったので、こちらも諦め、休憩テントにダッシュ。
無事、搾乳も終え、気を取り直して、再度グリーン・ステージに戻る。幸い、マイ・モーニング・ジャケットは始まったばかりで、現在最強のライヴ・バンドの1つと言われる彼らのステージ前にぐいっと入り込む。もっと音がぐわんぐわんと入り混じって、そこへずるっ、ずるっと引きずりこまれていくサウンドを想像していたのだが、個々の音もしっかりと立っているし、メロディも耳に馴染みやすい。全体的にからっとしていて、純粋に音がパワフルなのだ。そして、バンドはまるでそれぞれが全く正反対の方向に全速力で走り出すと同時に、反比例的に求心力は増していく、そんな感じにクライマックスへと盛り上げていくのだが、これが何度も繰り返される。次はぜひ、夜に屋内で体験してみたいと思わされた。
ここから、ドローンズを少し見るために、エッセンシャル・ステージへ。バンド名の通り、サイケデリア/ドローン系の4人組で、地元メルボルンよりも、ニューヨークでの人気が高い。ただ、そんな状況もここ1、2年で少しずつ変わってきていて、この日もそう簡単にはステージに近づけないほど、ファンがぎっしり詰まっていた。バンド自身の演奏力が上がったせいもあるだろうが、4年ほど前に小さな会場で観たときよりも、音が整理されていて、聞かせ方がうまくなっていた印象を受けた。
そして、1時間ほど空けて、メイン・ステージに移動して、本日最初のトリ、アークティック・モンキーズ。2日前に観た単独公演では、のっけからいきなり、キーボードを弾くアレックスをフィーチャーした新曲を披露、その後も計3曲の新曲を演奏し、曲間も気軽に観客と話をしたり、カメラに向かってポーズを取ったり、バンドがリラックスしつつも、いいモードにあることを強く感じたのだが、この日は結果から言うと、アレックス、リラックスしすぎ。ライヴ開始当初こそ、今日の演奏はいい感じにルーズでいいなあと思っていたのだが、途中で「ん? やけにビールをぐびぐび飲んでないか?」と少し気になるようになり、後半はMCもろれつが回らなくなっていくし、“スカミー・マン”では気を利かせて、即興で歌詞を変えようとしたのはいいものの、結局字余りで中途半端な終わり方になってしまい、最後の♪チャ、チャ、チャ〜ンというかっこいいギターの締めも、文字通り♪チャン、チャン、チャンという、コントのオチみたいな終わり方になってしまっていた。まあ、それはそれでおもしろいし、こんなライヴは滅多に観られないので筆者は楽しんで観ていたのだが、実際演奏そのものにはぶれがなく、メンバー間の呼吸もぴったりで、バンドがとてもいい状態にあるのがよく伝わってくる。
ちなみに、この日のセットリストはファースト、セカンドから均等にセレクトされ、そこに新曲2曲と、ニック・ケイヴ・アンド・ザ・バッド・シーズの“レッド・ライト・ハンド”のカバーが挿入されていたのだが、興味深かったのが、数曲立て続けに馴染みのナンバーを演奏して、あおりに煽ったかと思ったら、いきなり新曲を披露してペースを落とし、また一気に盛り上げるというじらしのパターンだったこと。彼ららしいと言えば、彼ららしいのだが。
肝心の新曲は、クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジのジョシュ・オムと行ったセッションがうまくいったのをうかがわせる、ヘヴィながらもメロウなサウンドで、アレックスの畳み掛けるような早口ボーカルも減っている。全体的に音と音の間に余裕というか、隙が生まれているのが感じ取れる一方で、ヘヴィネスは増したようだ。これがどれだけ新作の方向性を示しているのかわからないが、バンドが新たなサウンドを確実に手に入れたことは伝わってきて、ますます次作が楽しみになってきた。
この後、大トリのニール・ヤング、別ステージでプロディジーと続いていたのだが、10時前には自宅に戻り、息子の授乳をしないといけない筆者はここで、今年のBDOは終了。個人的には、ザ・ティン・ティンズとブラック・キッズのライヴが一番盛り上がったし、リトル・レッドという嬉しい収穫もあった。また、会場内、ステージ、サウンド環境も大幅に改善され、主催者側の本気が感じられたのもよかった。実は、環境の悪さから、毎年帰る頃には、翌年にはもう来るまいと思ってしまっていたのだが、今回初めて、来年が楽しみになった。(岩田桃子)